生物と物質の違いは、生物かどうかではなく、生物として活動できる「条件」にあるのではないか?

地下で3億年!生き、条件が揃えば蘇生!する微生物。
代謝を行わない微生物も存在する。

最近の地下微生物の発見から考えると、生物と物質の違いは、生物かどうかではなく、生物として活動できる「条件」にあるのではないか?

「BIGLOBEニュース」
リンク
より引用

「死をもあざむく?地球の内側で見つかった微生物の不死へのアプローチ」

 地球の深部炭素に関する国際的なサイエンスネットワーク団体、ディープ・カーボン・オブザバトリー(Deep
Carbon
Observatory:DCO)が驚きの事実を発表した。

 地球の地下で生きる微生物の質量は150~230億炭素トンで、全人類を合わせた炭素質量のじつに245~385倍あるというのだ。
 地下の奥深くで生命が存在できるはずがないと考えられていたのが、そう遠くない昔のことであるのを考えれば、まったく驚きである。
 だが、その発表を詳しく見てみると、さらに驚愕の事実が述べられていた。
 地下生命の年齢である。

●科学者の培養実験。細菌は蘇生する。
 1920年代末、チャールズ・リプマンという科学者が、岩の中に細菌が、しかも生きたまま存在するのではと疑い始めた。
 彼は、密封した瓶の中に入れられた乾燥した土に潜んでいた細菌が、40年後に蘇生した事実について考察していた。もし、細菌が40年間も生きられるのだとすれば、はたしてどこかに限界はあるのだろうか?
と。
 沼から採取した岩のような石炭は、その実験にぴったりに思われた。彼は石炭を砕き、そのカスから何かが成長するかどうか観察してみた。そして、思ったとおりだった。
 石炭の粉末を滅菌水に混ぜて2、3週間放置しておくと、細菌のようなものが現れ始めたのだ。粉末を細菌が大好きな「ペプトン」たっぷりの溶液に入れた場合は、たったの5時間であった。

 興味深いことに、この蘇生には、液体に数日間浸かるという水分補給期間が必須であることも判明した。石炭の粉末が湿っていたとしても、そのままペトリ皿のエサ入り寒天培地に入れても、何も育たなかった。

 むろん、リプマンはサンプルが汚染されないよう細心の注意を払って実験を行なった。徹底的な洗浄・殺菌作業には、数時間あるいは数日におよぶ洗浄、浸漬、加熱、加圧が含まれる。
 だが、これで判明したのは、160度でサンプルを数時間熱したとしても、石炭の内側にいる細菌を殺せないということだった。
 それどころか、かえって細菌に力を与えるのだ。加熱時間が長くなるほどに(なんと最大50時間行われた)、その成長は促されたのである。


●過酷な環境に耐えるためのアンヒドロビオシス
 リプマンは、石炭から手に入れた細菌が、人間の腸内細菌のそれと同じ意味で生きているとは信じなかった。
 むしろ、石炭を形成する過程で、カラカラに乾燥し、仮死状態になっていたと信じた。
 「石炭の中の微生物は実際に生存者である。石炭はもともとは泥炭のような性質で、おそらくは微生物がきわめて豊富だったろう。だが、そこから石炭が形成されたときに、その中に囚われの身となったのだ。」

 「私の意見では、石炭の塊のそこかしこに、一時的な胞子か、それに類する耐久性を備えた休止状態の細菌が散らばっており、時と環境の試練を生き延び、その生命としての特徴や栄養型に変化する力、あるいは状況が繁栄するにふさわしいものになったときに増殖する力を維持したのだろう。」(Journal
of
Bacteriology)

 こうした干からびた状態を現在では「アンヒドロビオシス(anhydrobiosis)」という。これはクリプトビオシス
の一つで、凄まじい生命力で知られるクマムシのような動物が、極度の乾燥状態や、宇宙の真空や放射線の集中砲火に打ち勝つため活動を停止する無代謝状態のことだ。


●3億歳の微生物
 リプマンが使った石炭は、ウェールズとペンシルベニアで採取されたもので、中には540メートルの地下から採掘されたものもあった。
 ペンシルベニアの石炭は、ペンシルベニア紀という地質学上の時代の名称の由来ともなっている。そして、それは少なくとも3億年も前の時代のものだ。
 リプマンの実験が行われたのは1931年のことだ。おそらく同僚は彼がおかしくなってしまったと考えたことだろう。
 しかし2019年の我々の目から見れば、リプマンが別におかしくもなんともなかった線の方が濃厚だ。

 世界最高齢の個体は、節くれだったブリストル・コーン・パインやクローンで形成されたアスペンの森林ではなく、地下の岩の中に囚われたちっぽけな微生物なのかもしれない。それが、成長もせず、子孫も残さず、ただ死神をごまかしているだけに過ぎないのだとしても。


●地下細菌の寿命の長さを示唆する最近の研究
 ここ10年で、堆積物や岩、あるいは地中深くの隙間や亀裂の中で生きているこうした細菌が、予想外に長生きであることを示す研究は増えている。
 たとえば、2000年代初頭、帯水層や堆積物の微生物が呼吸をする速度は、地上にいる微生物のそれよりもずっと遅いことが明らかにされた。
 そのバイオマス回転率(細胞の分子が置き換わるためにかかる時間)を計測すると、数百から数千年の長さであった。

~中略~

●地下の囚人になる代償としての不死
このあたりで話をまとめよう。地球の地殻には、不活発な古代の細菌がうじゃうじゃいる。それは省エネモードにあるが、ギアはいつでも入れられる状態にある。
 永遠に思える時間を暗闇の中に閉じ込められ、静寂の中、かろうじて食べ、かろうじて呼吸し、かろうじて動く。それでも死んでいない、生きているのだ。
 もしチャールズ・リプマンが正しかったのなら、恐竜が登場するより5000万年も前に生まれた地球内部の細菌細胞は、明日にでも再び分裂を再開するかもしれない。なんと驚愕の事実であろうか。

 だが、こうした魔法のような力を発現させるために、細菌は地下牢獄に囚われていなければならない。その代償として、事実上の不死が与えられているのである。

 

 

 

田村正道

2020年4月10日 (金)

生物は、岩石と水の場で生まれたのかもしれない。

生命は何処で生まれたのか?
有機物のない岩石と水の場、そこで宇宙線エネルギーの中で生まれたのかもしれない。

リンク
より引用

●「常識覆す成果」海底地下の岩から微生物 東大グループが発見


南太平洋の海底を掘削した岩石の中に、微生物が生息していることを東京大学の研究グループが発見しました。この岩石の中では、これまで生物は生息できないと考えられていて、研究グループは常識を覆す成果だとしています。

バクテリアなどの微生物は、地下から見つかるケースが増えてきていますが、有機物を豊富に含む堆積物の中や熱水噴出孔など、エネルギーを得ることができる場所にかぎられ、玄武岩と呼ばれる地下に広く存在する一般的な岩石の中には、生物は生息できないと考えられてきました。

こうした中、東京大学の鈴木庸平准教授の研究グループは、南太平洋のおよそ5000メートルの海底から、さらに100メートル余り地下の玄武岩を微生物が混入しないように掘削し、生物がいないか調べました。

その結果、玄武岩の筋状の模様の部分に、1マイクロ程度の小さなバクテリアなどが多数生息していることを発見しました。筋状の部分は玄武岩の一部が長い年月で粘土質に変化した部分だということで、見つかったバクテリアの詳しい種類や、どのようにエネルギーを得ているのかなどについて解析を進めています。

 
鈴木准教授は「誰も調べてこなかったので、もしかしたらと思ったが生物がいて驚いた。普通の岩石の中に生物が広く存在している可能性を示していて、これまでの常識を覆す成果だ」と話しています。

 

田村正道

2020年4月 1日 (水)

人間の顔は腸の延長

専門的に言うと解剖学者というのか、脳生理学者というのかわかりませんけれど、養老さんの先輩筋に当たる三木成夫さんという人がいまして、僕はものすごく偉い人だと思っています。
もう数年前に亡くなりましたけれども、この人は顔というのをどういうふうに規定しているかというと、人間の体の発達史に即して人間の顔とは何なのかということを言おうとしているわけです。つまり、機能の面からではなくて、動物から人間に発達してきたものとしての人間の顔とは何かということを三木さんは言っているわけです。

 三木さんの言い方をしますと、人間の顔というのは形から考える考え方をすれば、人間の食道まで通っている腸管がちょうど内側から外側へめくれ返ったものだ。
肛門で言えば脱こうというのがあるでしょう。つまり、痔の病気に脱こうというのがある。
この脱こうと同じで、要するに脱こうの上のほうに付いているのが人間の顔だというのが三木さんという人の考え方です。
腸管の延長線が頭のところに来て、それが開いてしまっているというのが人間の顔だと考えれば大変考えやすいし、発達史的に言いますとそのとおりで、そういうふうに考えると人間の顔の位置付けができると、三木成夫さんという人はそういう説き方をしています。
この説き方はとてもおもしろいので僕なんかの好きな説き方です。
つまりこれを発生史的な説き方といいます。
人間が発達してきて、それで人間にまでなったという言い方が、あるいはもっと、人間の定めだったのだ。定めだったんだけど、だんだん陸に上がってきて哺乳類になって、それで人間になったのだという発達した過程というのがあるわけです。
その過程から言いますと、つまり過程からいう考え方というのをこの人はよく非常に綿密に、非常にわかりやすく、しかも非常に一貫した考え方をとっていて、結構腸管が上のほうでめくれているというのが人間の顔だと考えれば妥当だし、一番よいと言っています。

 もう一つ解剖学的に言うと、魚にえらというのがあるでしょう、人間の顔というのはえらと同じ、えらが発達したものだと考えると大変考えやすいと三木さんは説明しています。顔ということを、あるいは表情をしている顔全般ということを、筋肉も含めて全般ということを、魚のえらが発達したものだと考えると考えやすいということを言っています。

 今言いましたように、腸管の延長線が人間の顔の表情、顔ですから、顔の表情の内臓感覚というのがここにきているということになるわけです。

 三木さんの説明の仕方をすると、口にとっての舌というのだけは内臓感覚だけではなくて、いわゆる感覚器官的なと言いますか、内臓ではなくて、外臓、外臓というのはおかしいですけれど、外とつながった、つまり感覚器官と同じような感覚が舌と唇には入っていて、そこが一番顔の中で敏感な箇所であるという説明をしています。
 ですから、人間の舌というのは要するに喉の奥から出ている手だと考えるとものすごく考えやすいのだ、そういうふうに考えると非常にわかりやすいのだということを説いています。
 僕が知っている範囲では、人間の顔についての二つの説き方というのは、人間の顔の機能と役割と解剖学的な性質について説かれている説き方というので、大別してその二つがあると思います。その二つで大体において、顔についての考え方は全部尽きていると言ってもいいのではないかなと思います。

 

 

大森久蔵 

2020年3月28日 (土)

哺乳類ってどう分裂して今に至るのか

実現塾でも人の進化を扱ってきましたが、
今回はほかの動物(犬)に着目して、進化、系統を追求します。
犬や猫ももとは同じ動物から外圧によって違う方向で進化してきたみたいです。

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1.恐竜の時代からほ乳類の時代へ

 中生代(2億4800年前~6500万年前)は恐竜が地上で大きな勢力を振るっていました。ほ乳類は中生代にはすでに誕生していましたが、未だ繁栄するには至らず、恐竜の陰に隠れるように細々と暮らしていました。
 6500万年前に突然恐竜が絶滅すると、それまで恐竜が占めていた生活空間に大きな空きが生じます。

 生物には生活空間に空きがあると、自らの形と仕組みを変えながらそこに適応していくという能力があります。
 それまで、現在のネズミのような姿をしていたほ乳類は、環境に適応していく過程で様々な形態を持つ様々な種に分かれ、それまで恐竜が占めていた地位を瞬く間に埋めていきました。
 新生代はほ乳類が支配する時代となりました。それは現在まで続いています。

2.イヌ科の出現

現在のイヌ科、ネコ科、イタチ科、クマ科などの食肉目の共通の祖先とされているのは、新生代に入ってまもなく誕生したミアキスという動物です。
 ミアキスは現在のヨーロッパから北米にかけて生息し、主に樹上生活を行っていたと考えられています。

 第三紀に入ってしばらくは温暖な気候が続いていましたが、漸新世に入るとしだいに気候が寒冷化してきます。寒冷化により、それまで森林に覆われていた北米大陸に草原地帯が拡がります。
 ウマやラクダの仲間が草原地帯での生活に適応して進出すると、新しい獲物を追い求めて、草原で集団で狩りを行うタイプのイヌ科の動物が出現しました。
 森林が後退し草原が出現する中で、森にとどまるネコ科と草原に進出するイヌ科に分かれたとされています。

 第三紀の終わり頃には今のオオカミやキツネ、タヌキなどの直接の先祖であると考えられているトマークタスが現れました。
 北アメリカで生まれたイヌ科の動物は、様々な種類に分かれながら世界に拡がっていきます。現在アフリカに生息しているジャッカルも、元をたどればルーツを北アメリカに持っていると考えられています。

 トマークタスの子孫からはやがて、現在のイヌの直接の祖先であるオオカミが生まれます。オオカミは勢力を伸ばしながら、当時陸続きであったベーリング海峡を歩いて渡り、アジアにまで進出してきました。

3.ヒトとオオカミの出会い

 東アジアで、ヒトの祖先はオオカミと出会いました。
 その頃の文献は残されていないので、オオカミが飼い慣らされた経緯などは推察でしか分からないのですが、最初は、ヒトの食べ残しを求めて近くに寄ってきたのだと考えられています。ヒトにとっては、オオカミはそれ自体が脅威でもありますが、一方で外敵が近寄ってくるとオオカミが吠えてその存在を知らせてくれるので役に立つ部分もあります。

 恐らくオオカミの子供を人間が飼い慣らし始め、人間に慣れる性質を持っている個体を選んで繁殖させていく過程で「イヌ」がつくられたのだろうと考えられています。
 やがて、イヌは人間社会の中に入り込んで生活するようになり、共に狩りを行ったり、外敵に立ち向かうようになりました。イヌの存在は、ヒトが世界に拡がっていく過程で大きな力となったと考えられます。
 イヌという最良の友を得ることがなければ、現在の人間社会の姿も違うものになっていたかもしれません。

 ミトコンドリアDNAの分析から、イヌの起源は東アジアで、約1万5千年前頃にオオカミから分かれたであろうと考えられています。
 人間が「イヌ」を創り出すまでは、イヌは世界には存在しなかったのです。東アジアで生まれたイヌは、その後人間の移動に伴って世界中に分布を拡げていきます。

 イヌの誕生からまもなく、ヒトがベーリング海峡を渡り北アメリカに渡ったときには、すでにイヌを連れていたと言われています。
 アメリカ大陸のイヌには、旧大陸のイヌの遺伝子以外の部分も持っている個体が存在しています。アメリカ大陸に連れて行かれたイヌと現地のオオカミとの交配があったようです。

 ヒトに連れて行かれた先で野生化すると、土着の野犬となります。
 東南アジアからオーストラリアに島づたいに渡った原住民が連れていたイヌは、そこで野生化しディンゴと呼ばれる種になりました。
 有袋類(カンガルーやコアラ)と単孔類(カモノハシ、ハリモグラ)のユートピアであるオーストラリアに真獣類(“一般的”なほ乳類)が存在する理由です。
 言うなれば、イヌはヒトによる世界最初の移入種とも言えます。

 その後、各地でヒトはイヌの品種改良を行い、その用途に応じて様々なイヌの種類をつくりだしていきました。
 もとはオオカミであった種から、現在のように多様な形態のイヌが作り出せた要因は、様々な形態を取り得る遺伝子の多様性を持っていたからだとも言えます。

 逆から言えば、ウシがオーロックスと言われる種から創り出され、ブタがイノシシから創り出されたことから分かるように、生命とはその中に変化する可能性を持っている存在であると言うこともできます。
 イヌがオオカミと大きく異なる形態を持ち、多様であるのは、人間とのつきあいが長く、その用途のために最も適した性質を持つ個体を繁殖をさせた結果、人為的に変化を加速させたのだと言えます。

 

 

 

 

匿名希望

生命誕生のカギの一つは深海底のメタルが握っている

以下引用サイト
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深海熱水噴出孔環境は地球生命が誕生した可能性が最も高い場所として注目されています。生物の系統学的・比較生理学的研究から、初期の生命は、このような環境で、還元型アセチルCoA経路や逆クエン酸回路というCO2固定代謝システムを使って生体分子を合成する、独立栄養生物であったと推定されています。

この考え方は、2017年に東京大学の研究グループにより実施された、太古代初期(39.5億年前)の微生物化石の同位体分析とも適合します。では、この始原的なCO2固定システムは、地球形成初期の深海熱水噴出孔環境でどのようにして始まったのでしょうか?


それを再現するために、これまでCO2や有機化合物を熱水や岩石と共に煮たり、流したり、混ぜたりする実験が数多く行われてきました。しかしどの手段を使っても、CO2固定システムに関する有機化学反応はほとんど進行せず、有効な方法は見つかっていませんでした。

最近、JAMSTECの研究グループは、海洋調査船「なつしま」と「かいよう」を利用した沖縄トラフ深海熱水領域の電気化学計測を行い、熱水噴出孔を中心とした岩体を流れる電流の存在を確認しました。

熱水と海水との間には電位差があり、熱水は低く海水は高い、という関係にあります。また、噴出孔や周囲の岩体は、硫化金属などの導電性が高い鉱物を多分に含んでいます。さらに硫化金属は、熱水に溶存する水素(H2)や硫化水素(H2S)が酸化して電子が生じる反応を触媒する性質を持ちます(例:H2S
→ S + 2H++
2e-)。

このため、噴出孔の内側で生じた電子が、熱水と海水との電位差に沿って、導電性の高い鉱物を通じて噴出孔の外側に移動することで、電流が流れます。このような熱水噴出孔近傍における電流の発生(熱水発電)をもたらす条件(1.
熱水と海水との間に電位差がある、2. 噴出孔が硫化金属から構成される、3.
熱水中に水素や硫化水素が含まれる)は、いずれも深海熱水環境に普遍的に見られる特徴であり、熱水発電は海洋底で幅広く、さらには時代を通して発生してきたと考えられます。

研究グループは、熱水発電が生命誕生に果たした役割を明らかにするため、硫化金属の触媒能や導電性などの電気化学特性を調べてきました。

一方、2017年に、フランス
ストラスブール大学の研究グループによって、逆クエン酸回路内の一部の反応が純金属(金属鉄など)によって促進されるという実験結果が報告されました。

もし初期の地球上のある特定の場所に、純金属を継続的かつ豊富に供給し続けるシステムがあれば、そのような環境は生命誕生に非常に有利だったかもしれません。しかし純金属は現在の地球上にはほとんど見られず、この状況は地球形成初期(41~42億年前)でも同様で、少なくとも地球規模では微量な存在であったと考えられます。

一方、初期海洋にはFe2+などの金属イオンが豊富に含まれていました。これら金属イオンは深海熱水噴出孔から放出される硫化水素と反応し、硫化金属の沈殿物を生じていたと考えられます。

さらに熱水発電(図2)を考慮すると、この沈殿物は噴出孔と海水との境界面で低い電位に長期間さらされたはずです。では、この過程で硫化金属がメタルへと電気還元され、その表面で生命発生に不可欠な有機化学反応が促進された可能性はあるのでしょうか?この可能性を探るべく、本研究は以下の室内模擬実験を行いました。

今回、研究グループは、初期海洋底の熱水噴出孔環境で生じていたと推測される電位条件を再現した反応容器内で、噴出孔の代表的な構成鉱物である硫化金属が電気還元して、メタル化する可能性を検証する実験を行いました。

その結果、鉄・銅・鉛・銀を含む硫化金属が、数時間~数日のスケールでそれぞれのメタルへと変化することが観察されました。例えば硫化鉄(FeS)は、-0.7
V(対標準水素電極電位[用語3];以下ではこの基準を使って電位を表記する)よりも低い電位で、次第に金属鉄(Fe0)へと変化しました(FeS + 2H++ 2e-
→ Fe0 +
H2S)。

さらに、この実験で生じた硫化鉄と金属鉄の複合体(FeS_PERM)が還元剤及び触媒となって、逆クエン酸回路内の一部の反応を含む、生命発生に不可欠な化学反応を促進することを発見しました。

図3に、硫化鉄を-0.7
Vで1週間電気還元して生成したFeS_PERMを、数種の有機化合物の水溶液と混合し、室温で2日間攪拌した結果を示します。

まず、逆クエン酸回路の一部である、オキサロサク酸のリンゴ酸への還元反応(図3a)は、約40%の収率で進みました。興味深いことに、同様の実験を電気還元前のFeSやFe0(市販の純ナノ鉄粒子)を使って行ったところ、オキサロ酢酸の脱炭酸が卓越し、リンゴ酸は全く生成しませんでした。

また、逆クエン酸回路内の有機酸(ピルビン酸・オキサロサク酸・αケトグルタル酸)やグリオキシル酸にアンモニアを付加してアミノ酸を合成する反応も(図3b-e)、FeS_PERMが存在する条件では高い収率で進み、特にアラニン、グルタミン酸の生成は90%以上の収率になりました。

いずれの反応でも、FeS_PERMをFeSやFe0に置き換えると、目的生成物の収率が大きく下がる結果となりました。その他、FeS_PERMによる促進が確認された反応には、フマル酸→
コハク酸、硝酸→ アンモニアがあります。

-0.7
Vという電位は、現在の地球で活動中の熱水噴出孔環境でも観測されている、天然で実現可能な値です。

また、形成初期の地球はマントルの温度が高く、海底の熱水活動は現在よりも約10倍活発であったことなどから、-0.7
Vやそれ以下の電位を生じる熱水噴出孔が遍在していたと推測されます。

このため、初期海洋底では、今回の実験で示された鉄・銅・鉛・銀を含む硫化金属のメタル化や、その結果生じたPERMが促進する有機化学反応が幅広く進行し、生命の発生を大いに後押ししたと考えられます。

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西本圭

恐竜を絶滅に追い込んだのは隕石の衝突だけではない!?

一般的に、昔地球に住んでいた恐竜たちが絶滅したのは隕石の衝突によるものだと言われることが多いですが、実態としてはどうだったのでしょうか。


---------------------以下引用---------------------


およそ6500万年前
「小さな」隕石が猛スピードで地球に衝突した衝撃とその後の極端な気象変動により恐竜はほどなく絶滅したという説が広く受け容れられています。

専門家の見方は少し違います。
隕石がくる前から恐竜は種の総数が激減しており、ほとんど絶滅しかかっていた。そこへ最後のとどめとして隕石が突っ込んできた。実際に他の生き物の多くはディープインパクトを生き延びたわけです。 
隕石が衝突しなくても恐竜が絶滅した確証はありませんが概ね絶滅に向かっていたと考えられています。

恐竜を絶滅に向け追い込んでいった怖ろしい敵は「花」を咲かせる植物と考えられています。シダ類が単為生殖で胞子を飛ばし生息域を拡張しながら巨木の森を出現させたジュラ紀には、この葉っぱをひたすら食べる首の長い恐竜がのし歩いていました。

ところが白亜紀に入る頃には「花」が咲きます。
花粉を運ぶ昆虫には「花」は蜜を与え、ただ食べるだけの恐竜には毒を盛りました。
この時代、口が下向きについているトリケラトプスのような恐竜が勢力を伸ばしましたが、基本的に地面に生える草を食べるようになっていました。盛んに交配し種のバリエーションを激増させた花は昆虫と共に大変な隆盛を極め様々な環境に適応しながら巨木の森を季節によってはお花畑となる草原に変えていきました。

 一方の恐竜は自己免疫疾患など疾病だらけです。 一発で全ての動物を殺す毒ではなく役に立つ動物には無害で役に立たない動物には毒、それもジワジワと弱まり慢性病を起こす時限爆弾のようなものです。 肉食恐竜も植物の毒を蓄積した草食動物を食べるため、やはり疾病だらけです。 映画ジュラシックパークにもこうした研究成果を踏まえて植物の毒にやられた病気の恐竜が登場します。

私たち人類は、数千万年をかけ恐竜を絶滅寸前に追い込んだ植物戦略をわずか1万年少しの時間に濃縮した猛攻を招いています。


以上

 

 

 

 

匿名希望

針葉樹と広葉樹は「細胞」が違う~特徴を理解して適材適所に用いる~

木材の性質をあらわすとき、「重い、軽い」「硬い、柔らかい」「強い、弱い」といった言葉を使いますが、このような性質の違いは、樹種によって異なる細胞レベルの特性を把握することで理解が深まります。植物も動物と同様に細胞ひとつひとつが積み重なって構成されていますが、木目という木の表情も細胞・組織によるものです。


●針葉樹と広葉樹は「細胞」が違う
 先がとがり細い葉の針葉樹と、扁平な形の葉の広葉樹。針葉樹と広葉樹は、一般に知られているように葉の形から見分けられます。幹は、針葉樹はまっすぐ伸びているのに対し、広葉樹は太くて曲がっていることが多く、さらに枝分かれしているのが特徴です。

 外見の違いだけではなく、針葉樹と広葉樹は細胞と組織の成り立ちが異なっています。
針葉樹の組織は単純で、大半の樹種は 「90%以上が仮道管」 で占められています。

仮道管とは、水を根から樹幹を通して葉へ送る通路のことですが、木そのものを支える役目も担っています。細胞の構成は非常に単純で、配列は整然としています。

広葉樹の組織構造は複雑で、細胞の種類が多いだけではなく、細胞ごとの機能も分業・専門化しています。水分の通り道は主に道管が、木を支えるのは主に木部繊維が担っています。

 また、養分の貯蔵機能をもつ柔組織といわれる組織も発達しています。人間の身体に置き換えて、筋肉と血管がひとつになっているのが針葉樹、
筋肉と血管がそれぞれ独立して別々の働きをしているのが広葉樹と考えると分かりやすいかも知れません。
複雑な構造をもつ広葉樹は、針葉樹に比べ多様な性質を持つことになります。

●バラエティーに富む広葉樹
 英語で針葉樹をソフトウッド、広葉樹をハードウッドと言うように、針葉樹は軽くて柔らかく、広葉樹は重くて硬いといわれています。
これは木が含んでいる空気の量に関係しています。木を構成する細胞と細胞の間には、無数の孔=空気の隙間が空いていて、細胞と空気の隙間の割合を空隙率(クウゲキリツ)といいます。
大半の広葉樹は空隙率が低いため気乾比重が大きく、木は重くなります。
逆に針葉樹は空隙率が高くなり、比重も小さく、木は軽くなります。

硬さの違いに関しては、空隙率の低い広葉樹は細胞の密度が高いために硬くなり、針葉樹は密度が低いために柔らかくなるというわけです。

 ところで、広葉樹には、重くて硬いという一般的な認識からはずれる樹種もあります。針葉樹の樹種は540種と言われているのに対して、広葉樹は20万種と格段に多く、さらに構造も複雑なことから、性質もバラエティーに富んでいます。

 たとえば世界で一番軽い木として知られ、模型飛行機の材料としておなじみのパンヤ科のバルサは、広葉樹なのに発泡スチロールのように軽くて柔らかく、板状のものならハサミやカッターで簡単に切ることができます。また、世界で一番重い木はハマビシ科のリグナムバイタですが、こちらも広葉樹です。船舶のスクリューの軸受けに使われる木ですが、重くて硬いため、金属の加工機械がないと切れないほどです。
水に入れてみるとその違いは一目瞭然で、バルサは浮きますが、リグナムバイタは完全に沈んでしまいます。バルサの比重は0.1で、細胞の密度はわずか7%、残りの93%はすべて空気です。一方のリグナムバイタの比重は1.3。87%が細胞で、空気はわずか13%です。同じ広葉樹でもこの二種の性質は正反対と言っていいほどに違うのです。

●特徴を活かして適材適所に
上記のように広葉樹は多様な性質を持っていますが、一般的には内装材に使う広葉樹は重くて硬いものが主流で、強度があり、キズが付きにくい材料といえます。このことから、靴を履いたまま暮らす文化の欧米では、広葉樹は床材に重宝されてきました。家具材に広葉樹が多いのも、このような特徴を活かしてのことです。
一方、軽くて柔らかく単純な構造をもつ針葉樹は、柱や梁といった建築の構造材に多用されてきました。

 

 

 

 

 

道民 

「樹木は永遠の命を持つ」 : イチョウの木には老化に関する遺伝子がなく、永遠不滅に近い生命体である可能性が国際研究チームによる解析で判明

人間に限らず、年齢が重ねていくうちに死んでいくメカニズムは誰でも当たり前に思っているとおもっています。ただし、その中に寿命が長い、短いの差があります。人間の平均寿命を基準として比べてみると、犬や猫の寿命が比較的に短い、カメの寿命が比較的長い。どちらにしても、いつかに死んでしまうことは変わらないです。
イチョウがほぼ不滅であることが判明されているが、それがどんな仕組みになっているか?

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リンクより引用
イチョウがほぼ不滅であるメカニズムが判明

いくら人間が長生きしたところで、それは樹木の足下にも及ばない。たとえば、イチョウのような樹木は、3000年以上生きることができる。

最近行われた、これまでで最も包括的な植物の老化の研究の中で、研究者たちは、イチョウそしておそらく他の種類も含めて、樹木が非常に長く生き残ることを可能にする分子メカニズムを明らかにした。

この新しい研究は、科学者たちが長い間、真偽を確認したかったあること、それは「植物の基本的な状態は不死である」ということについて、初めて真の遺伝的証拠が提供されたことになる。

この「植物は不死である」という大胆な主張を研究するために、研究者たちは、中国湖北省の安陸市と江蘇省のヒ州市にある
34本の健全なイチョウの木の細い芯を分析することから始めた。

この中で、揚州大学の植物分子生物学者であるリ・ワン(Li
Wang)博士とチームは、イチョウの成長スピードが、数百年後でも遅くならないことを発見した。それどころか、数百年後になってから成長スピードがさらに上がることさえあることが見出された。

さらに、葉のサイズ、光合成能力、および種子の品質といった、植物の健康の指標は、何百年経っても変わらなかった。

次に研究チームは、遺伝子レベルで何が起こっているのかを知るために、葉と形成層での遺伝子発現を比較した。形成層とは、植物の茎・根において、維管束の木部と師部(植物の生体組織)との境にある分裂組織である薄い層のことだ。

チームは、樹齢
3年から 667年までの木の RNA
(遺伝情報であるDNAから転写されてできる核酸)の配列を決定し、ホルモン産生を調べ、miRNA(特定の遺伝子をオン/オフできる分子)を検査した。

その結果、生命としての最終的で致命的な段階である「老化に関連する遺伝子」の発現は、イチョウの枯れ葉では予想通りに増加した。

ところが、形成層内のそれらの同じ老化に関連する遺伝子の発現を調べたとき、研究者たちは若い木と古い木の違いを見出すことができなかった。老化に関する遺伝子は、枯れた葉だけに見出され、樹木本体には見出すことができなかったのだ。

これが意味するところは、イチョウの場合、葉などの器官は老化して死滅する(枯れる)が、樹木そのものに老化に関連する遺伝子が見出せないということは、樹木本体は老化によって死滅することはないことを示唆する。

ただし、時間の経過とともに木に何らかの変化が生じるという証拠は見つかった。古い木は、インドール-3-酢酸と呼ばれる植物の成長ホルモンのレベルが低く、アブシジン酸と呼ばれる成長阻害ホルモンのレベルが高かった。

200歳以上の樹齢の木の場合はまた、細胞分裂、分化、および成長に関連する遺伝子の発現の減少が見出された。これは、古い樹木の形成層の幹細胞は、若い樹木ほどには簡単に新しい木材と樹皮に分裂しないことを意味する。

北京林業大学の植物生物学者ジンシン・リン(Jinxing
Lin)博士と、今回の研究の研究者たちは、数千年後などが経過し、樹木の形成層細胞の分裂率が低下し続けると、木の成長は遅くなり、イチョウの木が最終的には老齢になる可能性があると述べる。

しかし、実際には、ほとんどの樹木は、老齢で死滅するのではなく、害虫や干ばつなどの「外部環境」で死んでいっているように思えるという。

研究者たちは、樹木が老化するにつれてストレス要因に対して、より脆弱になるかどうかを調べるために、病原体抵抗性とフラボノイドと呼ばれる保護抗菌化合物の産生に関連する遺伝子を調べた。すると、樹齢の異なる樹木の間の遺伝子発現に違いがないことがわかり、樹木は、年老いても、外部のストレス要因に対する防御能力を失わないことが示された。

これは、イチョウが何千年もの長い期間、健康に成長するのを助ける「並外れた」能力だと、研究チームのひとりで、米ノーステキサス大学の分子生物学者であるリチャード・ディクソン(Richard
Dixon)博士は言う。

イチョウの木が老化で死滅することがないということは「人間にとっては理解することが難しいです」と、バルセロナ大学の植物生理学者セルジ・ムネ・ボッシュ(Sergi
Munné-Bosch)博士は述べる。

「彼ら樹木にとっては、老化は問題ではないのです。彼らが対処しなければならない最も重要な問題はストレスなのです」

研究者たちは、今後、イチョウの木の突然変異率の研究を続け、老化の背後にあるメカニズムを調べていくという。また、研究者たちは、他の科学者たちも今後さまざまな種類の樹木について、樹木の老化と死滅について研究が始まっていくだろうと予測している。

 

 

 

 

 

匿名希望

2020年3月25日 (水)

ウイルス起源の三つの仮説~1.ウイルスは細胞が出現する前に生まれていた

ウイルスは地球上に30億年前には出現していたと考えられている。地球が生まれたのは46億年前、そして最初に原核生物である細菌が生まれ、ついで植物、動物などの真核生物へと進化した。 現在、生物の世界は、真正細菌、古細菌、真核生物という3つの大きなドメインに分けられている。古細菌は温泉など、高温や高い酸性の極限環境で増殖する細菌だが。この古細菌からもいくつかのウイルスが分離され、細菌のウイルスや真核生物のウイルスと共通の分子構造が見つかっている。3つのドメインが別れたのは30億年前と推定されているため、これらのウイルスの祖先はその時代にすでに存在していたと考えられている。

では、そもそもウイルスとはどこでどのように生まれてきたのか?ウイルスの起源については、いろいろな仮説が提唱されてきたが、未だ答えは出ていない。現在、遺伝情報の分析結果等に基づき、大きく3つの仮説が考えられている。

(以下、『ウイルスの意味論』(内山一也著)より要点整理)
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1.ウイルスは細胞が出現する前に生まれていた

一説には、最初の生命は、原始スープの中で自己増殖するRNAから出発したと考えられている。現在の生物では、情報をもつDNA、機能を担うタンパク 質というように、役割分担がされているが、RNAは遺伝子として働くことも他の化学反応を助ける触媒として働くことも出来る事から,最初の生命は、RNA が遺伝子と触媒の両方の働きを兼ねていたような「生命」ではないかと考えられている(RNA ワールド仮説)。

そして、ウイルスはこの自己増殖性RNAから進化したという仮説が提唱され、仮説の根拠として、ウイルスの仲間の「ウイロイド」呼ばれる遺伝因子がある。ウイロイドは1970年代に分離され、これまでに多くの作物に病気を起こしていることがわかっている。その正体は、もっとも小型のウイルスの1/5程度のタンパク質の殻(カプシド)のない裸のRNAで、そのRNAには遺伝情報が書かれているだけでなく、リボザイムの機能が存在していろ。その他って、ウイロイドはRNAワールド時代の面影を留めている存在だとみなされている。この説が正ければ、ウイルスは細胞より先に誕生したことになる。

もう一つの根拠は、ウイルス粒子の骨組みを形作るカプシドから提示されている。1974年、下水から分離されたPRD1という大腸菌やサレモレラに感染するファージ(細菌に感染するウイルスの総称)がある。このファージのカプシドは、積木のようなブロックが集まって形作られていた。これと同様の構造が、ヒトのアデノウイルスのカプシドにも確認された。また、2003年に酸性温泉から分離された古細菌から、球形のウイルス粒子が発見されている。

生物界は、真正細菌、古細菌、真核生物というドメインに分けられる。これらは30億年以上前に、共通の祖先(最後の普遍的共通祖先=LUCA)から分かれたと推測されるが、三つのドメインのウイルスの間でカプシドの基本構造が共通していることから、ウイルスの起源は、共通祖先(LUCA)よりも前の時代まで遡ると考えられている。

 

 
斎藤幸雄 

ウイルス起源の三つの仮説~2.ウイルスは細胞から逃げ出した遺伝子 /3.ウイルスは細胞が退化したもの


二つ目と三つ目の仮説は、一つ目の仮説とは逆に「ウイルスより先に細胞があった」と考える仮説。

(以下、『ウイルスの意味論』(内山一也著)より要点整理)
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2.ウイルスは細胞から逃げ出した遺伝子

1950年代にある種のファージが細菌の染色体に組み込まれ潜伏していることが発見され、「ファージになる前の姿」という意味でプロファージとよ呼ばれる。潜伏中のプロファージは、宿主のDNAの文字列に過ぎないが、細胞に紫外線をあてると、活性化されて細菌を溶かし、子ファージが放出される。
 また、RNAウイルスの場合、例えばニワトリ白血病ウイルスでは、ウイルスのRNAがDNAに逆転写され、ニワトリの染色体に取り込まれている事が見つかっている。

ただの文字列が、ウイルスになって細胞を飛び出すことがありうる。これらの成果から、「ウイルスは細菌又は真核生物の細胞の遺伝子が逃げ出して、タンパク質の殻(カプシド)を作る遺伝子と遭遇して感染するようになったもの」とする仮説が生まれた。

一方、1970年代以降、マウス白血病ウイルスから細胞の遺伝子由来の腫瘍遺伝子が相次いで見つかった。ウイルスRNAが細胞DNAに逆転写されて、細胞のゲノムに組み込まれ、ウイルスが活性化して放出される際に細胞の遺伝子を盗み出したと考えられた。これらの発見を踏まえ、最近では当初の「細胞から逃げ出した(逃亡説)」という考え方は、「すでに生まれていたウイルスが進化の過程で細胞の遺伝子を盗み続けている」という考え方(泥棒説)に変わってきている。

3.ウイルスは細胞が退化したもの

実際に機能を失いつつある生物が見つかっている。クラミジアと呼ばれる微生物は、一般的な細胞より小さく、人工培地では増殖できず、細胞内で初めて増殖するため、細菌が退化したものと考えられている。れっきとした細菌だが、ウイルスと良く似たライフサイクルを持つ。また、これもウイルスでは無いが、ミトコンドリアは、細菌が細胞に入り込んで退化したとかんがえられている。このほか、細胞が退化してウイルスになるまでの中間の存在は見つかっておらず、退化説は長い間で見捨てられていた。

ところが2003年にミミウイルスが発見されてから、退化説が再び脚光を浴びている。それに続き発見された多くの巨大ウイルスは、粒子のサイズが小型の細菌より大きく、しかもゲノムには、タンパク質合成に関わる遺伝子などの細胞由来と考えられる遺伝子が含まれている。

これらの遺伝子で系統樹を作ると、真核生物が登場した時代に巨大ウイルスの祖先の存在が推定されたが、真正細菌、古細菌、真核生物の三つのドメインのいずれにも該当しなかった。そのため、巨大ウイルスの祖先はすでに絶滅した「第四のドメイン」に属し、進化の過程で大部分の細胞因子が失われて巨大ウイルスになったと考えられている。

 

 
斎藤幸雄
 

2020年3月24日 (火)

隕石衝突後の環境激変の証拠を発見 ;白亜紀最末期の生物大量絶滅は大規模酸性雨により引き起こされた?

【研究成果のポイント】
1.大型放射光施設SPring-8の放射光を用いた微量元素マッピングを用い、約6600万年前の白亜紀-古第三紀(K-Pg)境界層に、銀・銅に富む微粒子が含まれていることを世界で初めて明らかにしました。
2.これらの微粒子の存在は、この時代に大規模な酸性雨が降ったことを示しています。
3.K-Pg境界における恐竜を含む生物の大量絶滅は、巨大隕石の衝突に伴う環境の激変(太陽光遮断、温暖化、酸性雨など)が引き金となっています。しかしながら、どのような激変が実際に起こったのかは、これまで不明でした。

(中略)

白亜紀最末期(約6600万年前)に直径10km程度の巨大隕石が衝突し、生物大量絶滅につながったことは、これまでの様々な研究により、広く受け入れられています。しかし、生物大量絶滅を引き起こした、隕石衝突直後の環境激変がどのようなものであったかに関しては、未だに不明な点が多く残されています。本研究では、K-Pg境界層試料に対して、大型放射光施設SPring-8注1の放射光(BL37XU)を用いたマイクロメートルレベルでの微量元素マッピングを適用し、酸性雨によって形成されたと考えられる銀・銅に富む微粒子を発見しました。これまでも、K-Pg境界の隕石衝突直後に大規模な酸性雨が発生したことは示唆されてきましたが、その決定的な証拠は得られていませんでした。このような大規模な酸性雨は、K-Pg境界における生物大量絶滅を引き起こした原因となった可能性があります。

本研究成果は2020年2月5日付「Geological Society of America Bulletin」でオンライン公開されました。

【研究の背景】
地球に生命が誕生してから現在に至るまでの間には、短期間に多くの生物種が絶滅する事件が、繰り返し起きています。このような生物大量絶滅の中でも、特に規模の大きな5つの事件はビッグファイブと呼ばれています。ビッグファイブの最後の一つが起きた白亜紀-古第三紀(K-Pg)境界(約6600万年前)では、恐竜やアンモナイトを含む70%程度の生物種が絶滅しました。このK-Pg境界の生物大量絶滅は、メキシコのユカタン半島に直径約10kmの巨大隕石が衝突したことが引き金となっています。巨大隕石の落下直後には、(1) 太陽光遮断、(2) 酸性雨、(3) 温暖化、(4) 紫外線透過といった環境変動が起きたのではないかと言われています参考文献)。しかし、これらの環境変動のうちどれが実際に起こり、どれが最も生物相に影響を与えたのか定かではありませんでした。それは、これらの現象は極めて短時間で起こる事象であり、地層中にその様子が記録されることは難しいと考えられてきたためです。

巨大隕石衝突仮説は、K-Pg境界層に、イリジウムをはじめとする金属鉄に取り込まれやすい元素(親鉄元素注2)が高濃度に存在することをもとに提案されました。親鉄元素は、地球の表面付近にある岩石にはほとんど含まれていませんが、隕石には多く含まれています。従って、K-Pg境界層に高濃度で存在する親鉄元素は、隕石由来の物質が地表に広くばらまかれたことを意味しています。

一方、K-Pg境界層には親鉄元素だけでなく、銅、亜鉛、銀、鉛といった硫化鉱物に取り込まれやすい元素(親銅元素注3)も高濃度に含まれています。しかし、K-Pg境界層の親銅元素は、隕石由来物質中に比べて1-2桁程度も高濃度であり、K-Pg境界層の親銅元素の濃集には落下隕石以外にも原因があるはずです。そこで本研究では、K-Pg境界層の親銅元素に着目し、生物大量絶滅を引き起こした環境激変の詳細を明らかにすることを試みました。

【研究内容と成果】
本研究では、イリジウムをはじめとする親鉄元素が高濃度で含まれる、デンマーク王国にある海岸沿いの断崖Stevns Klintに露出するK-Pg境界層の試料に対して、大型放射光施設SPring-8における放射光を利用したマイクロメートルスケールでの微量元素マッピング分析を行いました。その結果、K-Pg境界層には、銀・銅に富む微粒子が、それぞれ独立に存在することが明らかとなりました(図1)。

銀や銅は黄鉄鉱(FeS2)などの硫化鉱物に取り込まれやすい親銅元素であり、K-Pg境界層でも、これらの親銅元素は黄鉄鉱粒子に含まれています。一方で、黄鉄鉱とは別個に粒子を形成している銀や銅は、酸に溶けやすい元素であることから、これらの粒子の存在は、大規模酸性雨によって大陸から溶け出した銀や銅が大量に海洋に流れ込んだことを意味しています。さらに、Stevns KlintのK-Pg境界層においては、銀や銅の濃度がイリジウム濃度と高い相関関係を持つことから、銀や銅の濃集は、イリジウムの濃集(隕石衝突)と同時期だったことが分かりました。衝突によって地表にばらまかれた隕石由来のイリジウムは、ほとんどは固体微粒子に存在しているため、海洋底に沈降して堆積物に取り込まれることにより、比較的短期間に海洋から除去されたはずです。同様に、隕石衝突により、地表や破砕岩石から放出された三酸化硫黄や一酸化窒素が、隕石衝突後の短時間で大規模酸性雨をもたらしたと考えられ、これにより、銀や銅が海洋に大量供給され、その環境激変が生物大量絶滅を招いた可能性が示されました(図2)。

【今後の展開】
Stevns Klint以外のK-Pg境界層試料にも、本研究で適用した化学分析を行うことで、K-Pg境界で発生した酸性雨の規模や継続時間を定量的に明らかにすることができます。加えて、K-Pg境界以外で起こった生物大量絶滅にも親銅元素の異常濃縮が見出されており、これらの大量絶滅と巨大隕石衝突との関連についての議論が進むことが期待されます。酸性雨は巨大隕石衝突でのみ起こるわけではなく、大規模火山活動、さらに、人類の排出する大気汚染物質からも生じます。本研究と同様の手法を用いて、これらの事象の証拠を地層中に見出すことは、そのような現象の影響評価をするための基礎的知見を得ることにもつながります。

 

土偶

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