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2012年9月 9日 (日)

なぜ「男女同権」なのか?

女性が様々な職に就き、活躍することは喜ばしいことだと思います。
しかし、女性には女性特有の“能力”があります。自分の能力を生かしたい、というのであれば「女性」の能力=生殖や性的な役割を蔑視すべきではないでしょう。逆に言えば、「女性に性的役割がある」と言ったときいい気がしないのは、その女性自身がそのような性的役割を蔑視しているからだとも言えます。


私は女性の「幸せ」が結婚とは申しませんし、「社会で働くこと」を悪いとも思いませんが、女性特有の能力である性的な役割や生殖よりも、社会で働くことが“上”であるとも思えません。

人間は根元的に評価(期待)を求める生き物であると私は考えています。結婚して評価してくれるのは「夫」と「子供」(それも怪しい)だけという現状では、女性が社会に出ようとしても無理はないでしょう。社会に出て皆のために役に立つ“仕事”をしたいというのは、ある一面普遍的な欲求であると考えられます。

しかし、子供を産むという行為は、生物としての役割です。かつ、現在それを放棄して「社会」は成り立つのか?という問題もあります。(男の人に子供は産めませんから)。現在の少子化による高齢化社会、犯罪の低年齢化など、解決できない問題は様々あります。それらはまさに、「私たちが生きている現実の社会」の問題です。

また、女性が1人いるだけで、男性のみの職場のギスギスした感じを和らげることができます。場を和ませる、周囲を明るくする、男の人をやる気にさせる、それらは女性特有の“能力”と言っても差し支えないと思います。その能力を生かすのではなく、「男性並に働く」≒「男性と私権を競って」、得るものとは何なのでしょう?

女性は古来より「働く」ことは“当たり前”でした。「働き」ながら生殖過程でも活躍してきたのです。その当たり前の状態ではない現在の状態=社会の枠組みや固定観念に、疑問を持つことが大切なのではないでしょうか?

本来両立出来ていた仕事と生殖を、「どうやって両立させよう」と悩み、まして「どちらか一方でいい」なんて結論に甘んじてしまうことは、歴史的に見て矛盾を感じます。

そのような社会への問題提起と「男女同権論」は明らかに位相が異なります。
「男なみに働く」ことではなく、女性の本当の幸せとは、皆の役に立ち(≒仕事をして社会や周りに貢献する)ながら、生殖も行うことのできる状態をさすのではないでしょうか?

女として評価されたい・役に立ちたいということと、自分の私利私欲のために私権(地位や出世やお金)を男の人と争うことは違います。
従って、今考えなければいけないのは、現在の家庭第一という常識や社会システムそのものであり、男女同権論という固定観念なのです。

吉岡摩哉

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