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2012年11月 8日 (木)

高等について

高等についてですか。『生物学辞典』でも、確かに「高等」「高等動物」については定義されていませんね。専門用語として固定されているわけではありません。でも、私達は日常感覚でそのように使われたとしても、あまり違和感を感じない言葉ではありますね。

>「高等」については私も何と書くか少し迷ったところで、前の投稿では「いわゆる高等動物への進化につれ雄雌分化が推進したのは明らか」という形で論旨を表現しました。どうして迷うかというと、この問題は「進化とは何か?」という問題と関わるからです。<

この進化論の会議室で近々扱われるテーマでしょうが、時間軸という「進化過程」(系統樹)において、(正確には、人類の進化系統を辿れば)、雌雄分化は固定化され、雌雄での機能分化は広がる方向で進化してきた、といえると思います。特に爬虫類以降は性の転換は見られない現象です。

>人間が最も環境適応力の高い生物かどうかは分かりませんが(逆にウイルスのような単純な生命ほど「適応」はしているという考え方もある)、しかし私は、少なくともある大きな適応戦略のベクトル(もしかしたら幾つかの道があるのかも知れませんが)というものがあって、人間はそのベクトル上で進化してきた生物種なのだと思います。それを「高等」と表現した訳です(これが適切かどうかは分かりませんが)。<

適応戦略のベクトルを「高等」ですか…。これを持って「高等」とは表現しにくいと私は思います。すべての生物は適応すべく存在しているのであって、その方向性を指す言葉として「高等」とは適切ではないのではないでしょうか。適応の方向性のないものを「下等」とはいえないでしょうから。適応しようとしないものは絶滅種だと思います。

「進化がとまった生きもの」とい類の本や表現をたまに見かけますが、私はこの表現も注意が必要かと考えています。それは一つには、遺伝子還元的に捉えたとしても、たとえばウィルスは絶えず変異を起こしており、変わらないものはないという事実。変わらないということは絶滅するということ。そのことは前提として、絶えず変化している(揺れている)環境の要因があります。

つまり、二番目の問題として生物は生物単独では生存していないのであって、環境は絶えず変わっているということを忘れてはいけないと思います。環境は自然環境・他種との環境・個体相互の環境が考えられます。人類は実現論で触れられているように観念機能を獲得し、第二の進化を遂げているといえるでしょう。しかし、その一つの成果(副産物?)としての化学物質によって、つまり人類との関係においてウィルスはさらに進化していっています。自然環境だけでなく、他種の生物同士の作用もあり、適応戦略のベクトルにのらない生物はない(のらなければ絶滅)というのが私の考えです。

「適応能力が高い」ものを「高等」と呼ぶという点も、「適応能力」の中身によって微妙な表現だと思います。適応能力が高いというのを現在(あるいは人類史のような短い時間で切きってもよいですが)環境に、最も安定的に適応している(繁栄している)というだけでは、高等とはいえないでしょうね。

私は、適応しているということは、生物が「安定(防衛、秩序、固定というイメージでもよいですが)」と「活性(闘争、変動、自由)」という二つの機能(これをまとめて創発的秩序能力と私は考えています)を持ち合わせたべクトル上にあるということだと思います。

安定度が高い、とは変わらないだけではダメで、少しぐらいの環境変動(揺れ情報)があっても、防衛できる機能や形態を生物が持ち合わせているということでしょうか。しかし、可変性が乏しい分、環境の劇的な変化には対応しにくいでしょう。

活性度が高い、とは絶えず外部環境に合わせて、内部の機能や形態を変えていけるということでしょうか。しかし、それでは内部環境の秩序維持が大変です。

適応能力が高いというのをこの二つを兼ね備えているという意味でなら、とても「高等」であると思います…。この観点で高等な生物といわれる人類はどうであるか。おそらく、活性度は共認機能観念機能の獲得によって他の生物よりも、一気にたかまったのでしょう。しかし、これが現在のようにまっとうに働かないとなれば、とても高等な生物とは言えなくなってしまいそうです。

*方向性の話は「よく進化に方向性はあるのか」、議論されるところですが、私は方向性はあるが、それは変異可能性(方向の融通性)を含むものとして理解しています。この点についても、また議論されることでしょう…。(今回は結論だけ)

吉国幹雄

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