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2013年1月22日 (火)

生物の一種としての人間

私も、現在の性規範がどうあるべきか、ということを考える前に、人類の多くがユダヤ・キリスト教の規範の影響を受ける以前の性規範についてや、本能として持っている人間の性の本質をもっとしりたいと思います。

いくら規範をつくっても、生物としての人間の本質とかけ離れたものだったら、充足できないし、結局受け入れられない、単なるお題目になってしまうでしょうから。

こういうことを言うと、「現代人は原始人とは違ってもっと高等だ」「知性も理性もあるので動物とは根本的に違う。だから動物のことは参考にならない」、「生物学的還元主義者だ!」と揶揄されることが多いのですが、私は、次のような根拠で、実現論で行われているように、始原人類、さらに遡ってサルの性のあり方を参考にしてみるのは、大いに意味のあることだと思っています。

最大の根拠は、ほ乳類の脳構造の共通性です。基本的に脳の構造は人類もサルも犬も猫もほぼ共通性です。

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脳幹、小脳、中脳、視床、大脳辺縁系、このへんまでは脊椎動物でまして哺乳類であれば、大きさは違へどほとんど構造と働きは共通です。人間といえども、その古い(?)脳に、大脳新皮質という新しい脳がぬり重ねられてできているわけです(発生段階においてもそういう形成のされ方をします)。

大脳、特に前頭葉の発達が人間に顕著である、という点が特殊なだけです。

肉体の制御と生命の維持(自律神経)や、本能レベルの性欲、怒りやおびえなどの感情など、生命としての基本的な働き、私たちの欠乏や行動を陰で律しているのは、実はこの古い脳です。また、大脳新皮質で組み立てられた情報も、ほとんど全てが、この大脳辺縁系以下の古い脳にフィードバックされます。

「人間には知性がある、理性がある、社会性がある。だから動物とは全く違う」という言説をよく耳にしますが、知性も理性も脳のほんの表層での事であって、たいていは、原始の脳の欲求を後付で説明(言い訳?)しているに過ぎません。

古い脳から発せられる欠乏や情動の整序を行うのがもっぱら前頭葉の働きです。ゆえに、古い脳の影響を受けない純粋な理性など存在しないわけです。

未開部族と呼ばれている人々の多くは、たいてい、「自然に生かしてもらっている」という自然観・人間観を持っているのですが、どうもユダヤ・キリスト教以降、人間は他の生物から一線を画する特別な生き物だ(神に似せて創造された特別な存在)という人間観が無意識に前提とされているような気がしてなりません。それが、過剰に人間の理性を特別視する価値観に繋がっているのではないでしょうか。

ちょっと話がそれましたが、ユダヤ・キリスト教では、「セックスは罪」とされています。徹底的に性を抑圧対象とするこの価値観は、高樋さんがこの掲示板で指摘されている<廃用萎縮>を進めていったのではないかと容易に推定されます。<廃用萎縮>はすでに2000年以上前から起こっているのではないか?この仮説にたつとすると、ユダヤ・キリスト教の影響を受ける前の性に対する捉え方を見直してみることが、非常に重要な意味を持ってくると思うのです。みなさんはどうお考えになりますか?

蘆原健吾

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