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2013年2月

2013年2月27日 (水)

霊長類の視覚優位と共認機能

哺乳類の脳の特徴は大脳皮質にあり、特に霊長類で発達していることが知られていますが、この大脳皮質の各部位の機能をニホンザルと近い関係にあるアカゲザルで調べると、視覚に関連した領域の総面積が大脳新皮質全体の約55%にもなり、聴覚関連の約3.4%を大きく上まわっています。

言語を発達させたヒトでは、猿よりもやや聴覚関連の重要性が増していると考えられていますが、基本的には同様の特徴を保っているようです。

これに対し、ネズミ類などでは視覚よりも聴覚や嗅覚に関連した領域が発達しており、訓練する場合も音を使う方が容易なのだそうです。

これは、霊長類への進化の中で、それ以前の夜行性の地上生活から昼行性の樹上生活に移行したために起こったと考えられています。3次元空間である樹上世界で、枝と枝の間を揺れながら移動したり、生い茂った葉の間で餌や敵、同類を見つける生活を送るには、視覚による正確な位置判断が要求されたためです。

斎藤さんが挙げられていた「ミラーニューロン」も視覚に関連した神経細胞でしょうし、実現論による共認機能発生の記述も、明らかに視覚を媒介にしなければ成立しないものです。

視覚だからこそ「同一視」が実現した。私たちにとっては当り前の感覚ですが、霊長類が共認機能を生み出し、脳を発達させていった背景として、この視覚優位への移行が意外に重要な意味を持っていたのかも知れません。

参考:京都大学霊長類研究所「脳の世界」
リンク

田中素

2013年2月24日 (日)

ドーパミン神経が引き起こす「快」とは何か?2

実験(2)側坐核からどんな時にドーパミンが出てくるかということをリアルタイムにモニターする。

この実験ではサルが使われます。サルがスイッチを押すとジュースがもらえる装置を使い、時間軸に沿って神経細胞がインパルスを発する様子を見るというものです。

この実験では、その経験を繰り返す前に、ランプを点けて、これからあげますよという予告をする。それを何回か繰り返すと、これからもらえるという予告信号が出た時に、腹側被蓋野の神経細胞が活動するようになって、実際にもらえたときには、もう大した活動をしなくなる。

これらの実験に限って言えば、ドーパミン神経の役割は必ずしも「快」を起こすことではないと言えない、という可能性が出てきます。

自然の中で生きている生物にとって、プラスであることが起きることを察知することは重要です。あそこに行けば、餌を食べることが出来るということを認識し、それに向かって行動しなければ、そもそも餌場に行くことも出来ない。プラスを察知したときに行動の原動力になるような働きを、ドーパミン神経回路はしているのではないでしょうか。

そこで推測になりますが、これらのことからサル時代の+回路=ドーパミン回路による不全の解消の働きは、このように考えられないでしょうか?

この+回路は、ドーパミンにより「快」を感じて不全を解消(マヒさせた)したというよりも、ドーパミンが活性化することで可能性を感じ不全を解消(不全を可能性に変える)したのではないか。

当然他の神経回路との相互作用も考えなければいけないとは思いますが、解消したことの中身が「不全を実現可能性に変える」であれば、「快」による不全のマヒよりも、より強力ではないかと思うのですが。

(参考文献:廣中直之「快/不快のサイクル運動」)

斎藤幸雄

2013年2月21日 (木)

脳回路とホルモン、今後の議論の方向もかねて

闘争系の回路といったときに、「危機逃避の本能回路」(逃避系・攻撃系)、「食の(闘争)本能回路」、「性闘争本能回路」(あるいは「性回路」)、「同類闘争の共認回路」などが考えられます。まずは、アドレナリン・ノルアドレナリンが強く関連していると思われる危機逃避の本能回路について検討したいのですが…。おそらく、どうしても本能構造の解明が必要になると思われます…。そこで、今後のこの会議室のテーマについての提案です。

大きくは二つあると思います。一つは「神経伝達物質に関するの解明」と「脳の認識機能(外識・内識の付き合せ)」の解明。すでに、「科学論」で脳における認識機能について扱われているので、認識や意識についての議論は「科学論」で継続したらよいと思います。「神経伝達物質」に関してはこの「進化論」の会議室で扱えばよいと思いますが、これに関連して大きくは三つの検討事項があります。

1.既に登場した神経伝達物質(ホルモン)ですが、特に脳内の働きについてはまだまだ未解明な部分も多く、継続して新しい基礎事実や機能に関しての新しい捉え方があれば紹介と追求していく。

2.神経伝達物質の現実的な問題は、精神破壊などの精神病との関係であると思います。分裂病などの症状(あるいは性格類型)を、ホルモン分泌と絡ませて解明していく。(現実問題は科学論の会議室なのでしょうが、当面はホルモンそのものの働きの解明や脳回路との絡みもあるでしょうから、この「進化論」の会議室でいいのではないかと思います)。

3.脳回路の構造解明。神経伝達物質と脳回路は切っても切れない関係にあるので、神経伝達物質を明らかにするとは、脳回路を明らかにすることでしょう。本能・共認・観念の回路を神経伝達物質と絡ませて構造的に明確にすること。(ただし、実現論の脳回路を詳細に脳の神経回路の一対一で照合させようとすれば、わけわからなくなると思います。具体的な事例にとらわれすぎないように注意が必要でしょう)。この解明は、他の会議室「サル時代」「始原人類」などでも扱われているので、これらの会議室とも関わってくると思います。おそらく、本能も塗り重ね構造になっていると思いますが。

以上、私が感ずるところ(問題意識)をかってに問題提起させていただきましたが、とても一人では解明できそうもないので、皆さんご協力をよろしくお願いします。
 

吉国幹雄

2013年2月18日 (月)

群れは外圧によって規定される 1:淘汰適応

今議論されている共認の形成段階と群れのあり方の話ですが、私はこう捉えています。

まず、群れの再編成か崩壊の過程か・・という話ですが、進化を「環境への適応」と捉えた場合、単独化が可能な環境であれば群れる必要性がなくなるのは当たり前であり、進化という概念の一本軸上で生物の群れのあり方を「群れ→分解→単独」が自然であるとしてしまうのは無理があるように思います。

特に高樋さんの「自我の目覚め」の必然性(というか、何のための機能であったか)がいまいちよくわかりません。

私が「群れ→崩壊→共認による群れ」と捉えるのは以下の理由からです。


1:淘汰適応=ほ乳類の性闘争本能

19562「原始集団的集団」で柳瀬さんが書いておられるように

>卵産動物と違って成体に淘汰の過程が引き伸ばされている哺乳類には、適応を促す為にも性闘争本能の激化という本能の強化があるほうが理解しやすいです。

ほ乳類は、その養育方法が特徴的です。卵産動物と違い、お腹の中で、ある程度まで子供を育て、授乳などの手をかけて子供を育てることで、自然淘汰が成体にまで引き延ばされます。魚類などがたくさんの卵を産み、一部しか大人になれないことで、より環境に適応した遺伝子を残せるという仕組みに合致する仕組みが、成体淘汰=性闘争ではないでしょうか。

もちろん、成体淘汰が自然に行われる環境=外敵が多い環境では、性闘争は必要ありません。馬とか、鹿とか?群れるほ乳類は、外敵が多かったり、自分より大型の動物を捕食したりする(=危険性が高い)生活環境にいる動物が多いように思います。

しかし、その環境内でほぼ外敵がいなくなった場合、より適応する遺伝子を残す仕組みが必要です。それが性闘争本能であると理解します。ほ乳類は、その生殖形態からこの性闘争本能を強める要因があると考えることは妥当ではないでしょうか。



つづく。

吉岡摩哉

2013年2月15日 (金)

なぜ進入してきたウィルスは「意識」されないのか

対敵闘争は生物が適応していくためには最大の外圧であり、その敵情報は何よりも優先する外部情報であるように思います。現在の人類にとって最大の外敵はウィルスではないでしょうか。しかし、私たちはウィルスの進入はもちろんのこと、その存在を意識することができません。
もちろん、私たちは消化管などで起こる内部情報は自律神経で制御しているとはいえ、意識することはできません。しかし、大脳という中枢神経において敵の状況を意識できないというのは、不思議な気がします。

以前私は16632

>外圧適応態という視点で捕らえると、免疫系は外部環境からの防衛に大きな役割を持ち、神経系は外部環境への適応(働きかけ)に大きな役割があるように思います。<

と述べましたが、ウィルスという困難な外敵に対して免疫系が働いているのは事実であるし、いったいなぜ意識できないのでしょうか?

この間進化論の会議室で、脳内の神経伝達物質のいくつかを取り出して検討してきました。ここで、改めて免疫系と脳の関係について再考察。オキシトシンの神経分泌で触れたように、実は神経系は免疫系へ影響(拘束)を与えています。そしてこれは、おそらく大脳皮質発で視床下部を介して作用を発現しているものと考えられます。

また、重要なこととして、免疫細胞がそれ自身で脳のホルモンと同じペプチドを分泌するし、免疫細胞の表面には脳のホルモンと結合する受容体があること、免疫細胞で分泌された特殊物質、たとえばインターロイキンが脳に作用すること(脳内には16644で触れたようにサイトカインネットワークという免疫系が存在しています)、加えて、免疫系の中心器官である胸腺がホルモンと分泌し、これが脳に働くこともわかってきました…。
確かに、風邪を引いて発熱したり、筋肉が痛いなどの症状は、免疫細胞の分泌が脳に働いておきるものですね。このような免疫系と神経系の密接なやり取り関係。まとめてみると、次のようなことになるのではないでしょうか。

ウィルス情報は外部からの進入情報なのですが、たとえば体内にあって一番外部と接触しているのが消化管(消化管内部は外部環境)であり、これを自律神経が内部情報として認知して刺激に対して反応していることからも、内部情報として考えた方がよいと思われます。意識は外部情報として取り出すあるいは内部情報と外部情報とをつき合わせて初めて働くものではないかと思われます。これが、神経系は外部適応のための働きかけ(=外部情報の集約と反応)にその大きな役割(機能)を持ち、免疫系(とホルモン系)は外部からの防衛のため(=内部情報伝達と反応)にその役割を持つのでしょう。そして、<免疫系→神経系→免疫系>の処理は、免疫系に中枢がないのではなく、戦うための司令塔としてやはり大脳皮質に依存していると思われます。人類の脳が、体とこころの一致、内部と外部の情報集約統合という側面を改めて感じさせます。

しかし、そう考えるとなぜ内部情報はそのままでは意識されないのか、という問題が登場します。が、この問題についてはまた後日いつか考えて投稿させていただきます。本能・共認回路はなぜ意識(ここでは顕在意識)されないのか、と同義の問題だと思いますので。
 

吉国幹雄

2013年2月12日 (火)

群れの秩序維持・序列の共認

>この考えから導かれる結論は、先ず群れが発生する。ここでは、性的に平等な乱婚状態の集団と なる。その中から、独占欲の強い複数の個体が体力と大きな体躯を獲得して闘争に勝利し、ある 程度独占的な性関係も獲得する。この時点で、別の群れとして分裂する場合もある。

群れが「性的に平等な乱婚状態」に収束するという必然性については、もう少し考えてみる必要があると思います。
様々な生物を対象に見てゆくことも可能ですが、ここでは議論の中心である原猿から真猿にいたる過程で考えてみます。

これまでの敵同士を仲間同士とみなすことが可能になったのは、元来の追従本能(群れの本能)に加えて共認機能によるところが大である、ことは先に述べましたが、次にそこで彼らはお互いをどのように認め合っていたのかが問題となります。

いきなり人間の話になって恐縮ですが、私たちは時として対立し競合しあいながらも集団・仲間としてまとまってゆくことを常に考えています。集団を形成・維持してゆくための秩序を重んじ、ルールを守るという規範の共認があるからです。

時代とともにその中身は、武力という力の序列であったり、経済力というお金の序列であったり、能力(これも中身はいろいろですが)による序列であったりと様々ですが、いずれもみんなが認めるところの共通の評価軸があって集団の秩序が保たれるという基本構造があります。

このような、敵同士でありながらもお互いを認め合うことができる共通の評価軸とそれによる序列の共認は、共認集団形成の祖であるサル以降、人類に至るまで通じる基本要素なのではないかと思います。

そこで、サルたちがどのような評価を軸に序列を共認したか?というと、やはり当時の最大課題であった集団の縄張確保とそのための闘争力、すなわち力の共認が主軸であったのではないかと思うのです。

それまで(原猿時代)固体としての課題であった縄張り確保が群れの課題として置き換わり、そのための闘争能力が群れの秩序を維持するための評価軸となり序列が共認されていった。と考えると
それに伴う性の獲得も序列化されていたと考えるのが妥当な気がします。

ニホンザルのボスを頂点にした序列化や、毛づくろいやマウンティングに見られる序列共認の行動様式も、このような序列共認が現在にいたるまで残り続けていることの証左なのではないかと考えています。

阿部和雄

2013年2月 9日 (土)

サルたちの配偶関係(=性規範)

哺乳類の性闘争本能にてらせば、縄張り闘争に勝ち残ったオスのみが生殖の機会を得ることができることになります。その他大勢の普通のオスにその機会は一生ない(あったとしても敵オスの隙をついて)というのが自然な形だと思います。

しかし、社会的な集団を形成するに至ったサルや人類では状況が異なります。性をめぐっては敵同士であるオス達は、敵(外敵及び同類の他集団)と戦い縄張りを守る、という過程では仲間同士です。
このような状況を統合し集団を維持するために、強者のみに開かれていた生殖の可能性を、その他のオスたちにも開く、性の分配システム(性規範)が導入されてきた、という見方もできるのではないでしょうか。

集団を形成しているサルたちの配偶関係が様々なのも、圧倒的強者を中心にした集団統合では単雄複雌の性規範が認知され、強者が絶対的中心ではない場合の集団統合では雌雄ペアないし乱交の性規範が認知されるような関係があったのではないかと思います。

現在、乱交として知られているボノボやチンパンジーの集団も、何らかの理由で外敵の脅威が低下したり、同類同士の縄張り争いの少ない環境(たとえば隔絶した地域に生息していたなど)において、強者を中心にした結束が徐々に弱まり、性闘争本能に導かれたメスへのチョッカイだしが集団内で認知されてゆくような過程があったのではないかと考えられます。

モグラや原猿から真猿へ、そして現在のサル集団にいたる過程で、外圧状況の変化に応じてごく限られたオスから限定された複数のオスへ、さらに大多数のオスへと生殖の機会が広まっていった、という流れが原理的にはあると思います。

阿部和雄

2013年2月 6日 (水)

報酬系と罰系

ちょうど今読んでいる本に脳の話が出ていておもしろかったので、ちょっと紹介します。

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脳の中には報酬系の部位と罰系の部位があります。報酬系の部位を刺激すると快感、罰系の部位を刺激すると不快感の感覚が生じます。

この報酬系も罰系もいずれも古い脳とよばれるところに存在していて、独自には思考、記憶、命令といった機能は持っていません。本人の意思とは関係なく刺激によって快や不快を感じます。

この脳内システムは、哺乳類や爬虫類、両生類や魚類などにも備わっているであろうと考えられる、生命維持のための基本的な構造です。

ふつうは、生物にとって有益なものはおいしく(快)、有害なものはまずく(不快)と感じますが、そういう脳の機能が、個体の維持や種の維持に大きな役割を果たしてきたと考えられます。

人間が他の動物と違うのは、報酬系と罰系という二つのシステムが人間精神をつかさどる大脳につながっていることです。つまり、大脳での情報処理が報酬や罰の脳内システムに影響を与え得るということなのです。

だから、人間はまずいと感じる薬や食べものも「体のためにいい」などの理由をつけて、進んで摂取することができるのです。

参考文献:「自己治癒力を高める」、川村則行著、講談社ブルーバックス(1998)

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以上のことより、進化の過程においてほとんどの動物が報酬系と罰系という脳の機能を獲得したが、これは本能的な機能であるのに対して、人間は大脳での情報処理(つまり実現論でいうところの観念)によって本能的な機能を制御することができるようになったといえるのではないでしょうか。

端野芳 

2013年2月 3日 (日)

前段のサル社会はどうなのか?

まず、進化の前提としてのサルの性規範はどうだったのか、確認が要りますね。現在のサルはヒトによる環境破壊や、乱獲のために保護しなければならないほど激減しているため、元々の群れの規模が保たれた観測事例を元に考えるべきですね。京大の今西氏をはじめとしたアフリカ、日本でのボノボ、ヒヒ類、ニホンザルの研究やグドール女氏などのフィールドワークなどが良い対象ではないでしょうか。

 ニホンザル(30~100匹)あたりはボスザルが全ての面で飛びぬけた能力を持ち、メスザル達は、ボスザルに対してのみ性の対象としているようです。群れ同士がせめぎあう状況の中、縄張り争いや、ボスにならんとするワカザルの挑戦、えさの配分、メス同士の喧嘩の仲裁など、ボスザルは最も過酷な存在といえます。(動物園でさえ、ボスザルは一目でわかるぐらいに)そして、オスは上から下まで完全に序列が決定しており、縄張り争いでの役割、えさを食べる優先権について所謂、規範で律しています。小競り合いとか、上への挑戦も最後はマウンティングで勝負の結果を知らしめます。一方のメスは、闘争には関知せず(サル同士の闘いなので体格に勝るオス同士でなければ勝負にならない)、専ら、ボスへの性を中心とした親和的行為を競い合っているようです。(グルーミングも含めて)

 ボノボになると、敵はチンパンジーとなりますが、観察状況では、あまり緊張状態がなかったようです。より大型で、ニホンザルに比べると平和な環境のようです。彼らも、基本的には、ニホンザルと同様の社会ですが、ボスザルとメス達の性はよりゆるく、親和行為として、性あるいはそれの真似事を頻繁にしているようです。それも、相手が誰であるかは、固定されていないようです。

 結局、群れとして緊張状態(ストレス)高いと、それを突破できるオスにメスは依存し、集中する傾向となり、弛緩状態となると、フリー化する傾向にあるようです。ただ、それを群れの中でまさしく、共認しているから、持続していけるのですが。逆にその結果を認められないものは離れザルとなってしまうのでしょう。彼らの戦いの対象は、樹上生活ゆえに、えさには事欠かない豊かな状況なので、まさに同種のサルが中心となります。その結果、メスは結果的に戦えない存在となってしまい、より性、親和的存在としての価値へシフトしたと思います。当然、群れの中で共認されたものとして。
 さらに、彼らサルにはまだ、ヒトのような観念(物事の法則性や、客観的視点)を持たないので、おかれた環境にストレートに対応するような規範なのだと思います。だから、性のありようも、種の固有のものではなく、群れの置かれた状況によって、ある程度の変化を持つものだと思います。
 
 長くなってすいません。まずは前段のサルの概論でした。どなたか補足ありましたらお願いします。

鈴木康夫

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