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2013年2月18日 (月)

群れは外圧によって規定される 1:淘汰適応

今議論されている共認の形成段階と群れのあり方の話ですが、私はこう捉えています。

まず、群れの再編成か崩壊の過程か・・という話ですが、進化を「環境への適応」と捉えた場合、単独化が可能な環境であれば群れる必要性がなくなるのは当たり前であり、進化という概念の一本軸上で生物の群れのあり方を「群れ→分解→単独」が自然であるとしてしまうのは無理があるように思います。

特に高樋さんの「自我の目覚め」の必然性(というか、何のための機能であったか)がいまいちよくわかりません。

私が「群れ→崩壊→共認による群れ」と捉えるのは以下の理由からです。


1:淘汰適応=ほ乳類の性闘争本能

19562「原始集団的集団」で柳瀬さんが書いておられるように

>卵産動物と違って成体に淘汰の過程が引き伸ばされている哺乳類には、適応を促す為にも性闘争本能の激化という本能の強化があるほうが理解しやすいです。

ほ乳類は、その養育方法が特徴的です。卵産動物と違い、お腹の中で、ある程度まで子供を育て、授乳などの手をかけて子供を育てることで、自然淘汰が成体にまで引き延ばされます。魚類などがたくさんの卵を産み、一部しか大人になれないことで、より環境に適応した遺伝子を残せるという仕組みに合致する仕組みが、成体淘汰=性闘争ではないでしょうか。

もちろん、成体淘汰が自然に行われる環境=外敵が多い環境では、性闘争は必要ありません。馬とか、鹿とか?群れるほ乳類は、外敵が多かったり、自分より大型の動物を捕食したりする(=危険性が高い)生活環境にいる動物が多いように思います。

しかし、その環境内でほぼ外敵がいなくなった場合、より適応する遺伝子を残す仕組みが必要です。それが性闘争本能であると理解します。ほ乳類は、その生殖形態からこの性闘争本能を強める要因があると考えることは妥当ではないでしょうか。



つづく。

吉岡摩哉

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