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2013年4月19日 (金)

進化原理としての「性」

大江さんが言われる「お互いの特性」とは、「性」の中味のことを指しているものと解しました。(個性というのは個人の属性ですから、性を論じる際には不適と思います。)

「性」には本能としての側面と、(社会動物ならではの)共認や規範といった側面があります。そして、「性」の意味や本質を知るためには本来、生物史を遡って本能、あるいは進化原理としての「性」を考える必要があると思います。

生物が誕生してすぐ雌雄分化がはじまったと云われていますから、「性」は約35億年にわたり、「生殖」という生物原理の基盤であり続けています。簡単に言ってしまえば、藻のような単細胞生物が人類にまで進化したのは「性」、つまり有性生殖によるDNAの無数の組み替えがあったからです。

すなわち「性」は、生物(もちろん人類も含まれます)にとって、セックスや妊娠出産といった意味に留まらず、人類が人類となるため根底的な役割を担ってきたのです。そういった意味に於いても、「性差による差別」を言い立てて、ことさら「性」をタブー視する風潮は生物原理に反している、と云わざるを得ません。

ところで、「人間には知性や理性がある」として、本能をあたかもそれらと対立するもの、悪しきものであるが如く云う場合がありますが、「生殖」をはじめ、人類の極めて複雑な身体機能を制御・統合している本能を否定することの矛盾や欺瞞には注意する必要があると思います。

なお、本能としての性については、蘆原さんの投稿(17452)を参考にされると良いと思います。


鈴木隆史 

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