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2013年5月13日 (月)

死ぬことで適応可能性を獲得した

>死とは、私たちの遠い祖先が敢えて選んだ生き方ではないでしょうか。
>言わば、死ぬことによって進化する機構であると思います。

単細胞生物は環境条件が許す限り無限に増えます。とにかく可能な限り増殖することで種を保存する戦略です。ところが、この戦略は分裂した細胞が最初の細胞と全く同じものとなり、みんな同じですから、環境が変化すると全滅する危険性が高い。全滅しないにしても環境がほとんど変わらない限られた条件でしか生存できません。

雌雄分化した生物は、変異可能性・環境変化に対する適応可能性を飛躍的に高めました。ここでは雌雄に分化するだけではなく、遺伝情報を伝える生殖細胞と身体を構成する体細胞に分化します。

生殖細胞は、とにかく増殖するという単細胞時代の戦略を引き継いでいます。精子も卵子も単細胞で多数生まれますが、受精に至るのはほんの一部です。種を保存するにはまず個体数を増やすことが前提条件で、そのためには単細胞の増殖戦略が一番適しています。だから生殖細胞はこの戦略を採り続けているのでしょう。

ところが、体細胞では増殖戦略ではやっていけなくなります。体細胞は各々が役割分担をしており、むやみやたらと増殖できません(むやみやたらに増殖するのは癌細胞です)。むしろ細胞の死を、特に成長過程では有効に活用します。オタマジャクシがカエルになるときに尾がなくなるのは、尾の細胞が死ぬからです。人間の手ができる過程でも、まず肉の塊ができてから指の間の細胞が死ぬことで指ができるそうです。「個体発生は系統発生を繰り返す」のが事実だとしたら、不要な細胞が死に、環境適応上必要な細胞に特化することで生物は進化してきたのかもしれません。

ところが環境は刻々と変化しますが、死んだ体細胞を復活させて一から始めることはできません。それでは環境が変わった場合の適応が難しくなります。だから、体細胞は一代で全部チャラにして、遺伝情報を受け継いだ生殖細胞から体細胞を一からつくりなおすことで、環境変化に対する適応可能性=変異可能性を高めたのではないかと思います。これが個体の死という生命現象ではないでしょうか。

冨田彰男

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