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2013年7月

2013年7月30日 (火)

解読システム変更による暫定適応進化

>遺伝システムに引き付ければ、この「解読システム」の伝達が、精子、卵子というたった2つの生殖細胞による受精という現象の中で如何にして実現されるのか?という問題になりますね。DNAの塩基配列以外にも細胞質遺伝など別の遺伝システムが存在することが分かっています。(38088)

まず、DNAが遺伝の最小単位という前提があって、それ以外にも遺伝を司るものが発見された、という文脈で細胞質遺伝は語られていると認識しています。しかしながら、DNAまで分解して子孫に何かを伝える生物はいません、親は卵や受精卵が大きくなった子供を産むのであって、DNAだけを産むのではないという意味で。

そして、生殖細胞のうち卵細胞は代謝の最小単位として存在し、それより小さく分割されること無く次世代に伝えられます。ですから、現存生物は以来代謝を繰り返しながら、この生きた最小単位のである解読システムとしての、DNAを内包した卵細胞を受けついできたのだと考えています。また、精子についてはDNAを卵子内に受け渡しするだけではなく、細胞質の部分受け渡し、遺伝に関与しているのではないか?という見解もあるというところでしょうか。

以上の事実から、遺伝で受け渡される情報は、解読システムとしてのDNAを内包した生きた生殖細胞である。そして、その細胞は、DNAに比べ巨大な生命システムそのものであり、細胞質が遺伝しているのは当たり前である(そのものが次世代に伝えられているのだから)。大雑把ですが現在のところ、このような視点から遺伝現象を捉えています。

むしろ、注意を喚起したいのは、DNAのみが遺伝を支配し、このメカニズムが実証できないと遺伝現象は解明されないという議論の暗黙の前提があるように見受けられるところです。この前提からは、DNAに変異を起こさない形質を獲得形質と呼ぶことになり、獲得形質とは遺伝しない形質という定義になってしまいます。(35521,35522参照)

本田真吾

2013年7月27日 (土)

哺乳類の集団性は淘汰原理でもあるから進化原理である。

>草食動物の場合は、常に肉食動物による捕食圧力が働きますので、親和本能を危機逃避の本能に相乗させたものが、集団本能として固定化したのでしょう。子供の成長過程で、群れの中で、肉食動物の接近を臭覚、聴覚、視覚とその記憶として学習し、生き延びる能力を高めて行くのだと思います。集団化することで、群れとしての危機回避(被捕食回避)が高まる。狩られる動物としての種間圧力に対する適応としての集団本能、集団化です。(37615)

恐竜絶滅後の哺乳類にとっての一義的な敵は、小型の肉食爬虫類だったのではないでしょうか。そこで開かれた可能性はまずは大型化にあったと思われます。食べ物としての植物の新しい空間が開けているだけでなく、小型の爬虫類に対応できるだけの筋力と走力を獲得できるからです。

これにともなって、肉食の哺乳類も大型化していくことになります。ライオンなどの食肉動物は色盲で、シマウマの模様は迷彩服となります。種として獲得したそのような走力や形体が捕食する肉食動物との共進化によってもたらされていると言えると思います。

しかし、それは個々の能力の獲得や成長が集団に委ねられているという意味だけではなく、種としての適応と淘汰が、集団に委ねられているという意味において、哺乳類における集団とは絶対的なのではないかと思います。

色盲のライオンにはシマウマの群れは縞模様の塊で、個体を区別することができないと言います。この群れを追うことで、群からはなれたシマウマを個体として認識し、捕食対象として追い詰めるわけです。

これをシマウマの側から見ると、一頭の死によって集団が生かされているとも言えるし、種にとってより秀でた適応を実現していくために、成体後に延長された哺乳類の淘汰過程とも言える訳です。(参照実現論1_3_04)

個々の個体が持っている能力を超える適応のシステムに、委ねられているのが生命であり進化であると言えるのではないかと思います。哺乳類にとっての適応と進化が集団に委ねられていらからこそ、その学習にも意味と可能性があるのではないでしょうか。

石野潤

2013年7月24日 (水)

哺乳類の集団性が大脳辺縁系をつくった

>逆に、哺乳類にまで進化した脳をもつ動物のなかには、人、サル以外でも、人間のなかで暮らすような環境に置くと共認機能めいたものが芽生えるってことがありそう。
集団の中という要素と脳の進化はものすごく関係があるのでは?と思いました。<36787 

確かに、人・サル以前の犬やイルカ、サーカスに出てくる動物達を見ても、人間との共認に近い関係を感じますね。これはいったい何なのか?
脳の進化から考えてみました。

○脳幹・大脳基底核・・・・爬虫類
爬虫類の段階では、食・性・縄張り・攻撃・危機逃避等の本能を制御する脳幹と大脳基底核が出来上がっています。
この本能の脳は、外部刺激に対して反射的に反応するだけで、特に学習機能も持っていません。人から見た場合も通ずるものは何も感じません。

○大脳辺縁系・・・サル以前の哺乳類
哺乳類の段階では、恐怖や怒り、愛着、よろこび、悲しみ等の情動を持っています。これらの役割を持つのが大脳辺縁系です。人が動物に学習をさせる場合、餌を与えながら、この情動をコントロールしているのだと思います。この情動が、人と意志が通じているような関係をつくっているのでは?と思います。
ところで、これらの情動は、長谷川さんの意見にもあるように、相手があって(集団があって)初めて成立します。集団になることにより、大脳辺縁系が進化したと考えることもできます。


哺乳類は性闘争を進化の原動力としています。また、体内保育期間の長さや母親からの学習期間の長さにより、子に対する庇護本能や母親への依存本能を発達させています。集団本能は、この母親と子の庇護・依存関係をもとに出来上がっていると思います。その意味では、哺乳類以前の動物が集団で動くのと比べた場合、見た目には同じでも、その中身は全く違うのではないでしょうか。哺乳類は、この集団生活の中で大脳辺縁系を進化させたのかもしれません。

紹介のネコの例では、人間を含む集団の中に、このネコは生きていると判断しているのでしょうか。この集団の中で、もう生きていけないと感じたのかもしれませんね。

村上祥典

2013年7月21日 (日)

哺乳類の学習とは、適応のための集団性の獲得

>哺乳期の意味は、哺乳類が単なる『本能』行動だけでなく、哺乳という親への依存期を介して、環境適応の諸条件を学習する(神経ネットワークに刻み込む)段階、学習行動の獲得がその本質ではないかと考えます。(36167「哺乳類の哺乳期は『文化』の学習期である」村田さん)

ヒョウの子供は、2年ぐらいかけて親から狩の仕方を仕込まれるということですから、保育期間を学習期間と考えても良いと思います。しかし、哺乳類は淘汰過程が成体後に引き延ばされ、性闘争を極端に激化させた動物です。(実現論1_3_04)この原モグラの本能の上に、塗り重ねられているとすれば、環境への適応のための学習は、淘汰という側面をあわせ持っているはずです。

例えば、ブタは10頭以上の子供を産みますが、良い乳頭の確保を廻って子供同士が争います。そして、そのための歯を持って生まれてきます。確保した乳頭によって、発育に大きな差が生じるだけでなく、生まれたばかりで死んでいく子供もいます。ブタは哺乳期間に淘汰過程を持ち込んだわけです。

卵生であっても、ある種の魚は口の中に入れ、クモや甲殻類は卵塊を持ち歩き、鳥類だけではなくタコやトゲウオなども孵化するまで親がとどまり育てます。一般に食料が少なく環境の変動が大きいほど、卵の少産化と保護、大型化によって適応していく傾向にあるようです。

哺乳類は、弱者ゆえにこれを極限まで進めた形態であるとも言えます。その哺乳と保育期間を学習期間と想定すれば、それは、その学習内容と獲得内容が環境への適応の能力を規定するとともに、淘汰原理ともなっているはずです。

外界に対する対象認識を親と同じ様にする(価値付けて知覚する)、捕餌対象、捕食対象に対する感覚・知覚学習、危機逃避・逃避行動の対象に対する学習、群れでの追随行動での学習等々が、哺乳期から離乳期(自分で餌を獲得するのと、乳から栄養を補給する併用段階)にかけて行われている訳です。(36167同上)

拡散適応以降の哺乳類が、異常な性闘争を封印して、集団性を回復させた点から類推すれば、新たな適応機構と淘汰機構は集団原理の上に現れてくるのではないかと思います。学習が必要な捕食行動や危機逃避とは、見張りを立てたるなどの集団としての行動様式であり、適応と淘汰が集団に委ねられているがゆえの必要ではないでしょうか。

余談ながら、学習とは適応のための集団性の獲得であるとすれば、あらためて現在の密室家庭における教育の限界と問題性が浮かび上がってくるのですが。

石野潤

2013年7月18日 (木)

男の評価~事実としての序列

>皆に認められた人を受け入れるという中で、例えば100人男性がいたらその中でやっぱり評価の高い人の方に女の目っていくのでしょうか。そしたら、評価が下の方の男の人ってどうなってしまうの?って思ってしまうのですけれど。女はみんなを受容するんでしょうか。

男が100人いれば、強く惹きつけられる人もいればそうでない人もいる。男にも評価に基づくヒエラルキーが形成されるわけで、これはいかんともしがたい事実であります。
しかし現代的感覚と異なるのは、その評価軸にはやさしい(=女に迎合的)、かまってくれる(=裏を返せば独占的)といった男の下心(対にあるのは女側の私的欲求)は含まれていないはずだ、ということです。

あくまで男の本分は「闘争」にあります。当然その評価は、統合力・統率力・認識力・勝利体験などの総合的な「力」によって下され、そこには厳然たる序列が存在します。たとえ各々に点数がついていなくても闘争集団であればおのずとその序列は共認されてゆくものです。この評価ヒエラルキーと、女が強く惹かれる男像が合致してゆくのであれば、それはそれで自然な形だと思います。

その時、「評価が下の方の男」がどうなるか?というと、そのまま自我に流されれば迎合・独占男に成り下がります。男の役割を自覚し、闘いに向かう気概を失わなければやがて「男」になります。
ここは男自身の意識が問われるところですが、女もこの一点を見誤らないようにすることが大切だと思います。

阿部和雄

2013年7月15日 (月)

哺乳類はなぜ昼行性に移行したのか(エネルギー問題)

なぜ、哺乳類は、活性化エネルギー(=消費エネルギー)を増大させる必要があったのか。

まず、哺乳類は(鳥類も)、前回(35813)述べたように、爬虫類に塗り重ねた新機能である「恒温性」などの新システムを稼動させ維持することで外圧適応しました。そのためには、今まで以上に活性化エネルギーを増大させる必要度が高まったということでしょう。そのエネルギー源の確保と、同時に各器官を周期的に休ませる(休眠)させる必要が生じた。…人間の機関に関連して言えば、現在の我々の器官の中で、よく食べる大食い器官は「脳」です。「脳」は体内の機能を統合するシステムの中核ですので、最大のエネルギー消費器官となっています。そしてよく眠ります。(もちろん、睡眠は休めるためだけではありませんが)

ところが、エネルギー補給といっても、日光エネルギーを直接的に体内へ固定化できるのは光合成を行う緑色植物だけです。従って、哺乳類も鳥類も植物や他の動物を「食べる」ことで、エネルギーを補給しなければなりません。エネルギー量を増やすには、たくさんの動植物(できれば栄養価が高い=エネルギー効率のよいもの)を獲って食べないといけないことになります。

例えば、夜行性である(現在の)モグラは大変大食いで、ミミズ、トカゲ、ヒル、地中性の昆虫や幼虫などを1日に自分の体重くらいの量を食べるそうです。そして、12時間絶食すると死んでしまうそうです。夜行性―モグラについて調べてみますと、彼らは1日に10hくらい(1回あたりのの睡眠時間は約1h)ですから、起きている間はしょっちゅう食べているのでしょう。ところで、このモグラ、太陽の下では死んでしまいますよね。ただ、これは日光の照射を受けたから死ぬのではなく、体温上昇によって死んでしまうようです。地中は温度変化が少ないので、恒温システムが完全ではないということでしょう。それでも、これほどの食量と睡眠が必要なわけです。

これが、昼行性となるとさらに生命体は恒温性を維持するための負荷が大きくなりますので、食料問題はさらに深刻になります。だから、活性化エネルギーの増大のために昼行性移行したのなら、その原因として大きくは、【リスクを超えるほどの豊富な食料がある】か、【危険な賭けを起さずにおられないほどの要因が他にあった】、と考えられます。

詳細に見ると、以下の3点でしょうか。

1.地上のおいしい植物を自由に手に入れるための草食動物の昼行性進化と、それをえさにする肉食動物の昼行性進化。
2.「哺乳」と「育児」いう新システムが、新たに更なる活性化エネルギーを要請し、それを確保するという危機状況。
3.夜間の自然圧力or種間闘争圧力の激化に対する昼行性行動への逃避。

吉国幹雄

2013年7月12日 (金)

原モグラからの進化仮説(取り戻された本能)

哺乳類と人類の昼行性移行の問題を、原モグラからの本能レベルでの進化という側面で考えて見ます。原モグラから原猿の進化について、実現論では次のように述べられています。

>生き残った動物たちは、この環境変化を契機に一気に拡散適応し、多種多様な種が登場することになった。…(中略)…相手が小型爬虫類や肉食獣になると)モグラ類にとっては、大型爬虫類の時代以上に危険な生存状態となった。この危機的状況ゆえに、モグラ類は急速かつ多様な拡散適応を遂げ、現在に繋がる様々な哺乳類が登場することになる。(それらの中で、樹上逃避することによって適応していった原モグラが原猿である。)<(実現論1_3_03

現在のモグラが、生命体があまり住めない地下生活をさらに深化させ、特に聴覚を異常に発達させていったことを考えれば、現在のモグラは地下へ危機逃避していった種と考えられます。敵である多くの爬虫類が滅亡したにも関わらず、地上があるいは浅い地下が安全な場所でなくなったということでしょう。だから、原モグラからの本能機能として視覚機能の退化だけでなく、土の中は温度変化が少ないため、体温維持のための恒温機能が貧弱になっていったと考えられます。現在のモグラも、原モグラ同様に単独の巣窟本能を維持し、強く性闘争本能を残しているわけです。

樹上危機逃避した原猿と草原危機逃避した他の哺乳類とで大きく違う点は、性闘争本能の強さというよりも、本能的には集団本能(特に追従本能)を回復したかどうかが大きいでしょう。第四の世界には、豊かな食量があり、敵はほとんどいません。もちろん、この段階で樹上での草食適応が前提になるので、視覚機能を復活させられずに草食適応できなかった種はまず滅亡したのでしょう。つまり、ここに危機突破した原猿への進化があります。そして、樹上世界を獲得した原猿は、本能的には原モグラ同様に単独行動をとりながら、外圧は性淘汰されるべき同類であり、性闘争本能を強く維持しているというのが原猿初期の段階です。

一方、草原危機逃避した他の哺乳類にとって、草原はまず外敵の中に身をさらけ出すことになります。それゆえに当初は夜行性動物が主であったと思われます。このことは原始哺乳類に近いとされる食虫目・齧歯目やウサギ目の多くが現在でも夜行性であることからも類推されます。しかし、拡散適応した段階でそれらをえさとする夜行性の肉食動物も現れるわけで、それだけでは危機突破できない状況に陥るのは時間の問題だったでしょう。

吉国幹雄

2013年7月 9日 (火)

次世代に伝えられる二つのシステム

、「集団を通じたシステム」は、生物が生息する場所や生活様式を通じて、次世代に伝わるものです。

外部環境が変化することで、「個体に内在するシステム」が変化し、必要な新たな機能を発現させるのと同時に、生物はより適応することができる場所へ移動したり、活動を極力低下させたりして、集団ごとに生息場所や生活様式を模索します。

「個体に内在するシステム」は、外部環境の変化に伴ない必要な機能を発現する訳ですから、生息場所や生活様式が変われば、自ずとそのシステムに影響を与え変化を起こします。

この「集団を通じたシステム」の変化は、生殖細胞の遺伝子の変異として遺伝することがなくても、次世代に伝えることが出来ます。それは、集団の生息場所や生活様式として伝えられ、集団の中での生活により、次世代も同様に新たに獲得した機能を発現することができるのではないでしょうか。

 『獲得形質の遺伝』とは、この二つのシステムを通じた、個体の新たな機能発現として、次世代に遺伝すると考えられるのではないでしょうか。

進化には遺伝子の変異が最終的には必要ですが、それが直接形態の変化を引き起こすのではなく、集団を基盤として生物自体がいろいろな可能性を試すことにより、変異・進化が生じるのだと思います。

まず、有性生殖・減数分裂を通じて遺伝子の変異を蓄積し、外部環境の変化に応じて生息場所や生活様式を模索する。それに伴ない各個体の遺伝子群を機能させる相互作用が変化し、新たな機能を獲得してきたのではないでしょうか。

斎藤 幸雄

2013年7月 6日 (土)

昼行性への移行に伴って

原モグラから原猿、真猿、人類へと進化する中で、夜行性から昼行性へと移行するに伴って、食性(肉食・草食・雑食)の変化と、さらに色覚(五原色・色盲・三原色)の変化があげられます。私は昼光性については色覚の変化の方が大きいのではないかと思うので、こちらについて少し。

いわゆる網膜には二つの視細胞があります。錐細胞と棒細胞。錐細胞は色の感覚、即ち光の周波数の違いに関係があり、棒細胞は明るさ、即ち光の強さの違いを感じると言われます。色の感覚(色覚)は錐細胞が重要な働きをしているわけです。吸収する光受容体タンパク質が構造を変えて違う色の認識にあたっているわけです。それでも私達人類が感じる光は、太陽光線のごくわずかの部分で、波長が大体770nmから380nmまでの(三原色の)範囲です。

この色覚はミツバチや多くの魚類・爬虫類・鳥類で認められるのですが、赤外線・紫外線の領域までの(五原色)を備えているものもあります。ところが、哺乳類は色盲であり、唯一サル人類などの霊長類だけが三原色(赤・青・緑)をもとに色覚が発達していると言われています。そして、どうやら遺伝子を比較してみると哺乳類はもともとあった光受容体が退化してしまったらしい。

使わなければ退化するというのは、「用・不用説」を持ち出すまでもなく、筋肉組織などを見れば明らかです。ずっと洞窟の中にいると目が退化するように、恐竜を避けて昼間の行動を洞窟などの日のあたらない場所で生き延びざるを得なかった始原哺乳類たちは、「色を識別する」能力を徐々に失っていったのでしょう。そして化学物質を交信物質として臭覚を発達させていったものと思われます。(哺乳類は臭覚動物といわれます)。

すると、なぜサル・人類は先祖がえりのごとく「色覚」を(一部)回復させたのかということが問題になります。夜行性から昼行性というのなら、他の哺乳類も色覚を回復してもよさそうなものですから。

やはり、他の哺乳類にはなく、サル・人類だけが持つ機能=「共認機能」と密接な関係があるのではないでしょうか。サル・人類の大脳における視覚野の占める割合の高さを見ても、相手の表情を見る上で、「色覚」は「視覚」に光の強さだけでなく色をも付加することで、豊かな共認情報を付与することになったのではないかと思います。共認機能に可能性収束したのであれば、新たに獲得された色覚を兼ね備えた視覚機能もこの先端機能に収束していったでしょう。つまり、それを実現できた集団や種が適応存在として生き残っていったことでしょう。

私は、この「先祖かえり」は、共認原回路によって作られたエンドルフィンやあるいはオキシトシンなどと同じ系列で発達した酵素が「色覚」に関するスイッチ遺伝子を解除した可能性が高いと思いますが、仮に何らかの突然の変異という偶然でスイッチ遺伝子が回復したとしても、色覚機能の獲得によって共認機能がさらに発展し、適応進化させたということは間違いないでしょう。

そうすると、原猿の初期段階に留まって共認原回路が未発達のものは夜行性のままであり、共認原回路を発達させた原猿後期のものが昼行性に移行したという論理が成立します。私は(34143)で述べたように、他の哺乳類がほとんど昼行性に移行(しかし色盲)した事実から、サル・人類が昼行性に移行した主原因を共認機能に求めるのは無理があると思います。

しかし、逆にいえば原猿に見られるように、敵のいない豊かな樹上は夜行性でも適応可能であったわけです。にも関わらず、それを転換させたのは、同類圧力激化の中で共認原回路を生み出し、共認機能を発達させるなかで色覚を回復させ、そのことが昼光性へと移行させた一つの要因(きっかけ)であったといえるのではないでしょうか。結果的に集団性を回復した真猿段階において、他の多くの哺乳類と同様に(遅れて)昼光性に完全移行したと考えられるのではないでしょうか。

そうすると、なぜ他の哺乳類は直ちに昼光性に移行したのか、の押さえが次に必要ですね。

吉国幹雄

2013年7月 3日 (水)

男の「女性を守る本能」?

>自分たちの身体的なものから来る、また女性を守るという本能から来る役割をしっかりと認識しているからだ。女性と同じ仕事がしたいというのではなく、役割を果たす仕事をする。そしてそのことで初めて仕事への充実感も得られるのだと思う。<(31459、 窪澤さん)

確かに、最近は男性の看護士も増えてきたようですし、大学でも薬学部や文学部における男性の比率は昔と比べ上昇してきているようですね。窪澤さんが言われるように、女性中心の職場に入った男性は、女性と同じ仕事ではなく闘争系の役割を担おうとする、という指摘は「さもありなん」、と思うのですが、「女性を守る本能」という点は注意と補足が必要かと思います。

実現論では、雌雄の役割について次のように述べています。

>従って雌雄に分化した生物は、適応可能性に導かれて進化すればするほど、必然的に雌雄の差異が大きくなってゆく。それは、雌雄が同じ役割のままでいるよりも、オスは闘争・メスは生殖という風に役割分担を進めた方が、より種としての環境適応力が高くなるからである。(中略) 例えば哺乳類は、一般に内雌外雄の集団編成を取っているが、これは外敵には闘争存在たるオスが対応し、その集団(オスたち)に守られて生殖存在たるメスと子供が存在するという、外圧に対する二段編成の構造(=同心円の構造)である。だから、オスが子育てをする哺乳類など、殆どいない。<(実現論1_2_02

介護とか看護という仕事は、闘争前線からリタイヤした人を癒し励まし復帰させるという、まさに同心円構造の内側の仕事であり、応望存在たる女性にピッタリの職場かもしれませんね。しかし、介護とか看護といっても、それは生殖集団ではなく闘争の補助集団という位置にあるので、男性が担っても特におかしいことはないでしょう。そこに男性が入ると、必然的に闘争や統合の役割を担うというのも頷けます。いざという時に、やはり男性がいると心強い(守ってくれる)ということもよく耳にします。

この守る本能は、直接的には庇護本能ということだと思いますが、その原点は哺乳類、特にサル以降に顕著なメスの育児本能にあるように思います。オスに「メスを守る」という本能が進化論的にセットされているかどうかは微妙だと思います。
「メスを守る」という点についてはむしろ、私はいくつか注意が必要と思います。

「女性(私)を守ってくれる男」…一番分かりやすいのは、私権時代に顕著に見られる男の「女の囲い込み」(自分の巣に閉じ込めた奥さま化)でしょうか。他の男には指一本触れさせないという男の独占欲ですが、これは明らかに男の自我ですが、性闘争本能に自我が収束したものです。性闘争本能とは、「メスと餌を巡るオス同士の個間闘争」ですから、女性にとって「守ってくれている」と写る男の本能の出所は、それは「メスを守る本能」ではなく、もともとはメスと餌を手に入れるためのオス同士の性闘争本能からきている可能性が高いと思います。

また、サルをはじめとする哺乳類に限らず、昆虫類やあるいは魚類の一部にもメスを守って、近づいてくるオスを威嚇するという行動が見られます。これは、オスは巣(→生殖集団→闘争集団)を防衛しているのであって、直接的にメス(女達)を守っているわけではありません。本能的には「縄張り本能」からくるものです。それは、繁殖期を過ぎれば解消される一時的なものです。「メスを守る」という防衛本能は進化をたどってみると、むしろどこにもセットされていないのではないでしょうか。結果的に女性は守られているのです。

従って、「集団を守る→メスを守る」闘争存在である男に目を向ければ、集団の内ではなく、絶えず外に向かって(女に背を向けて)戦っている(防衛している)ということを押さえておかなければなりません。「内雌外雄」が成立するためには、オスは集団にかかる外圧に適応しようとし、そして、外圧を突破するために(集団を守るために)、男も女も含めた集団全体の統合に目を向けていくのだと思います。

そして、そのような男達に応望する女達に癒され励まされて充足し、そしてまた女達に期待する。女達も充足する…。
そうして出来上がった期待と応望の関係(期応充足関係)を通じて、初めて「守られている」「応えている」という感謝と活力が自然と湧き上がってくるのではないでしょうか。だから、新しいパラダイムにおける男と女の「守る・守られる」という関係が成立するとしたら、それは、男の「本能」なのではなく、むしろ第二の本能ともいえる期待応望という本源「共認」によるものの方が大きいと思います。

吉国幹雄

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