« 殿さまと姫さまが主義・主張を述べ出した。どうする? | トップページ | すべてを無感覚にしてしまう怖さ »

2013年12月 9日 (月)

旧観念は、塗り重ねの原理に反している。だから旧観念から新観念へは、塗り重ねではなく、塗り替え。

例えば「恋愛」という観念では現実はうまくいかない。実感とズレる。そこで男女(オスメス)関係について、追求が始まり、生物史まで遡っていくと、人類にとっての「和合」という認識を得る。その方が可能性を感じられるし、潜在思念にしっくりくる。他方、その追求の過程で「恋愛」という観念がいかに間違っているか、閉塞の元凶であるかが明らかにされる。そこで観念が下部意識に合致したものへと「塗り替えられる。」

例えば「自分(自我・自己実現)」という観念では現実はうまくいかない。実感とズレる。そこで人間(社会)関係について、追求が始まり、生物史まで遡っていくと、人類にとっての「みんな(共認)」という認識を得る。その方が可能性を感じられるし、潜在思念にしっくりくる。他方、その追求の過程で「自分」という観念がいかに間違っているか、閉塞の元凶であるかが明らかにされる。そこで観念が下部意識に合致したものへと「塗り替えられる。」

違和感をとことん追求し、その間違いを明らかにすることで全否定は可能となるし、(生物の塗り重ねの原理に基づいた)実現基盤を発掘すれば、それへの可能性収束によって、観念は自ずと塗り替えられる。≒「気づき」の感覚だと思います。
参考:21495

匿名希望

« 殿さまと姫さまが主義・主張を述べ出した。どうする? | トップページ | すべてを無感覚にしてしまう怖さ »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 殿さまと姫さまが主義・主張を述べ出した。どうする? | トップページ | すべてを無感覚にしてしまう怖さ »

Ranking

  • にほんブログ村 科学ブログ 生物学・生物科学へ お勧めサイトランキングへ
2020年8月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          

カウンター

最近のトラックバック

無料ブログはココログ