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2014年2月

2014年2月26日 (水)

逆境に耐え抜いた哺乳類

哺乳類の進化とは、逆境にひたすら耐え抜いた歴史であったといっても過言ではない。

哺乳類祖先の誕生は、今からおよそ2億年以上前(中生代の三畳紀末期)と言われているが、中生代(三畳紀~白亜紀)1億5000万年以上にわたって、恐竜という巨大な爬虫類が、この地球上の制覇種として君臨していた時代である。

ここでまず哺乳類のとった適応戦略は、小型(およそ10cm前後)のまま身を潜めて生きる、という手段しかなかった。
大型種が徘徊する昼間は身を潜め、彼らが寝静まる夜中を行動の場とする。ここでは、暗闇の中で昆虫を捕獲する為に、聴力に磨きを掛けた。なお、この時点で の哺乳類の活動範囲は、身を隠すのに適している樹上あるいは落ち葉などの下に潜り込むといった形であり、小型である体系はむしろ適応的であったと言えるか もしれない。よって、中生代に爆発的な進化及び増殖をした恐竜とは打って変わって、1億5000万年もの間、哺乳類の体形は殆ど変わることが無かった。

しかし、その逆境下においても、小型の哺乳類は確実に進化を遂げていたのである。

以下、NHK地球大進化を簡潔にまとめられたページより。
リンク
< もともと酸素濃度が高い環境で誕生した哺乳類の祖先も改革を強いられた。その多くが、次世代を確実に育てるための生育システムに関わっている。胎生で 子どもを生む、母乳で育てる。こうした哺乳類独特の生育システムは、実は低酸素対策から生まれた可能性があるという。胎生のほうが卵生よりも、多量の酸素 を確実に胎児に届けられるという側面がある。授乳をする基本的な体勢は、母親が横たわって身体をねじるという姿勢だが、こうした姿勢ができるのは、横隔膜 ができたことに伴って肋骨の下半分がなくなったことが大きく寄与している。横隔膜は哺乳類が呼吸効率の改善のために進化させたシステムである。次世代への リレーを確実にすることで、哺乳類は未来を切り開いていったのである。

体系を小型に維持しつつ、エネルギー消費を体内機構の組み換えに向けていた事が、後の環境の激変に堪えうる機能の獲得へと奇跡的に繋がっている。感覚機能 の進化、脳の進化(大脳新皮質)、そして複雑な生殖機構としての胎内保育システム等、今現在の我々にまで引き継がれている重要な機構の多くは、既にこの時 期に確立されていたのである。

白亜紀が終焉を向える頃、植生の変化(裸子植物から被子植物へ)や、巨大隕石の衝突による急激な寒冷化など、生物全般にとっての逆境に対し、ひたすら大型化を目指してきた恐竜は絶滅。その後再び地球が温暖化を向える過程において、ようやく哺乳類の時代が幕を開けた。

しかし、哺乳類の時代の中でも我々の祖先である霊長類にとっての逆境は、まだまだ続いた。

地球に君臨した鳥(同じくNHK地球大進化より)
リンク

< 霊長類の祖先カルポレステスにとって捕食者が恐竜→ディアトリマ→ハイエノドントと変わっただけで、木の実がなくなれば恐る恐る地上に降りて別の木に 移らなければならなかった。しかし温暖化がもたらしたものはそれだけでなかった。4400万年前の地層から広葉樹の巨木が発見されており、温暖化によって 広葉樹は地球規模の森を作り、その枝がつくる冠樹(隣り合う樹の枝が重なってできる)によって、ヒト、サルの祖先達は枝から枝へと移り渡れるようになる。 危険な地上に降りなくても、餌にありつけるようになったのである。

恐竜絶滅後の覇者は、恐竜直系の子孫である巨大鳥類の時代であった。あるいは、当時の地形において巨大鳥類のニッチとなったアジアにおいては、ネコ科の哺 乳類(ハイエノドント)が肉食獣としての進化を遂げ、他にも哺乳類の天敵としての蛇などを始めとする外敵の驚異は存在し続けた。後の大陸の変化により、 2mの肉食巨鳥ディアトリマはハイエノドントに駆逐され、地上は哺乳類の天下となったが、霊長類の祖先が地上に進出できるようなニッチが登場する事は無 かったのである。

小型で弱小な霊長類の先祖にとって、樹上は天敵から逃れうる快適な縄張りであったかもしれない。しかし、広葉樹が広がり、冠樹を形成するまでの間は、木から木へ飛び移る事は出来ず、移動の際、または樹上への攻撃から逃れる手段はまだ獲得していなかった。

しかし、冠樹の形成と共に、餌の無くなった木から木へ、あるいは天敵からの攻撃を逃れる手段として枝から枝へ飛び移る為の機能としての視覚の発達(立体視 91805 目に秘められた物語)を獲得して以降、漸く樹上の楽園を手に入れる事が出来たのが、霊長類であったのだろう。

ちなみに、霊長類に襲い掛かる逆境の歴史は、この後も続きます。なお、この立体視の可能となった視覚は、後の霊長類を襲う新たな不全に対し、共認機能の獲得へと結びつく重要な進化の一部でもあると思われます。

川井孝浩

2014年2月23日 (日)

両生類から哺乳類へ~気候の多様化(→寒冷化)⇒有胎盤類の出現~

胎盤とは:妊娠の際、子宮内にできる円盤状の組織。胎児がへその緒を介して物質(栄養分など)交換を行う。
爬虫類は卵を産みっぱなしなので、他の動物に食べられやすいし、また、気温が低いければ卵がかえらない。それに比べると、胎盤を持ち子供を胎内で育てれば、食べられることもなく、暖めることもできるので、より確実に子を育てることができる。

哺乳類が胎盤を獲得したのはおよそ1億年前で、地球の様子は、

それまで集まっていた大陸が分裂して間に海ができ、また、大陸移動の圧力で高い山脈ができた。その結果、気候が多様化し高緯度地域には寒冷地帯ができる。そこで哺乳類は、もともと寒冷地に適応した『恒温性』を持っていたが、加えて『胎内保育』という武器を獲得した。

また、別の背景として、食料となる植物や昆虫が多様化かつ豊富に登場したこともあった。1.5億年前ころ被子植物が出現、動物に実と種を食べさせることで、広く繁殖していき、多様な交配により植物の種は多様化した。結果、昆虫の種類も増えることになった。

その後、6500万年前、巨大隕石衝突で大型爬虫類は絶滅するが、寒冷地適応機能を強化した哺乳類は生きのびていくことになる。

山田真寛

2014年2月20日 (木)

デボン紀の過酷な環境変動が、肺と鰾(うきぶくろ)をつくりあげた

一般には、魚類から両生類の進化を見るときに、「魚類にある鰾(うきぶくろ)を進化させ肺を作り上げ、陸に上がっていった」と語られるが、どうもその逆の様である。

巨大な頭足類(10メートルのオオム貝・巨大なイカやタコ)に追われて、浅い海(汽水域)に追いやられていた魚類の一部は、デボン紀の過酷な気候変動に直面した。

>デボン紀の原始的な条鰭類であるパレオニスクス類などは、既に肺のような構造を持っていたと考えられている もちろん、空気を満たした肺は、鰾と同じように魚体の比重を減少させる。

>この肺の出現には、デボン紀の気候条件が深く関係していたらしい。魚類の時代とも呼ばれるデボン紀は気候の変動が激しく、現在の熱帯域の一部のように、 雨期と乾期の交代があった。乾期が始まると川や池の水は停滞し、鰓呼吸に必要な水中の酸素が不足する。この時に、毛細血管が密に分布している上皮を持つ肺 のようなものが発達していれば、大気中の酸素を利用することができたであろう。肺は硬骨魚類が当時の乾期を生き抜くための適応の産物であったと考えられ る。

>4足動物の呼吸器官である肺と魚類の鰾は、消化管の一部が膨れて生じた相同器官と考えられている。魚類から4足動物へという脊椎動物の進化からみると、鰾が肺に変化したと推測されがちであるが、実際にはこの逆のようである。

デボン紀の過酷な環境変動に直面したからこそ、原始的な肺を獲得した。そこから、改めて水中、海中に戻って行ったのが、現生の魚類であり、より過酷な地上に追いやられたのが、両生類である。

>デボン紀の初期には、魚類化石の記録は主として淡水産のものであったが、時代が進むにつれて、海産種の割合が増加している。これは魚類の淡水域から海洋へと移住する傾向が強まったことを示している 。

>中生代(約2億4800万~6500万年前)になると、条鰭類の多くのものは海への移住を完了した 。今日最も繁栄している真骨類は、デボン紀の不安定な環境と異なり、海洋は安定しており、空気呼吸(補助的あるいは緊急用の呼吸器官としての機能)の必要 がなくなり、肺は完全に浮力調節器官としての鰾に変化した。

肺という形態を獲得したので、その後、えら呼吸が安定化する海洋で、その肺という形態を変化させて、様々な必要機能に流用して行った。

>鰾の最も一般的な機能は魚体の浮力調節であるが、この他呼吸、聴覚補助、水圧受容器や発音器官としても作用することが知られている。

デボン紀の乾期という過酷な環境が無かったら、原始的な肺の機能(形態)は出現できていない。

(上記、引用は「鰾――硬骨魚類の進化の舞台と鰾」(東京大学コレクションⅡより)
リンク

村田貞雄

2014年2月17日 (月)

魚類の進化過程概略

■4億6千万年前
最初の魚類:アランダスピス
海で誕生
※当時の海はオウムガイ(肉食)が制覇種で魚類は捕食対象=【逆境】

→魚は甲殻類から逃れるために河へ
※河は塩分濃度が低く、その塩分濃度の違いは、生命活動のもとである細胞を破壊する非常に危険な環境=【逆境】

■4億年前
淡水を克服する機能を獲得した最初の淡水魚:プテラスピス
①鱗や甲羅で体内に水が侵入するのを防ぐ
②腎臓=ポンプを発達させ、呼吸の際に体内に侵入した余分な水を血液から絞り出す
③流線型の体(河の流れへの対応+外敵からの逃避?)

※しかし、淡水では、もう一つの命を支える重要な要素であるミネラルが不足する=依然【逆境】
(補足)カルシウムは、河では海に比べて10分の1から100分の1しか含まれていない。心臓を動かす筋肉細胞は、一つ一つの筋肉細胞が一斉に動くこと で、心臓は体中に血液を送ることができるが、この規則正しい動きは、カルシウムによって生まれている。つまり、カルシウム無しでは、生命は一時も生きてい く事はできない。

■3億9千万年前
背骨を持つ最初の魚類:ケイロレピス

■3億7千万年前
肺を持つ最初の魚類:ユーステノプテロン

(参考)
扉のページ(リンク
啓林館「ユーザーの広場」(リンク
東京大学コレクションII「鰾――硬骨魚類の進化の舞台と鰾」(リンク
現生古代魚の水族館(リンク
NHKかがく用語集(リンク

長谷川導

2014年2月14日 (金)

変温動物から恒温動物への進化について補足

>体温の調節機能(恒温性)を獲得していたこと

 周囲の温度の変化に従って体温が変化する動物を変温動物(ハ虫類、両生類や魚類など)、自力で高い体温を保つことができる動物を恒温動物(ほ乳類と鳥類)といいます。

 体温は、熱の産出と放散の関係によって決まります。変温動物はこの調節ができません。これらの動物は、発汗による体温の低下を防ぐため、もともと体温が 周囲の温度よりも少し低めになっています。変温動物は、寒くなると体の代謝が低下するため冬眠し、逆に体温が高くなりすぎると活動が阻害されるので、暑い 時は、体温が上がりすぎないように冷たく暗い場所にいたりします。
(例えばトカゲは、まず日光浴をして体温を上げ、その後に活動にはいると言われている。)

 生物の進化において先に現われたのは変温動物で、恒温動物は後に変温動物の中から出てきたとされています。雪竹さんの投稿にもあるように、約6500万 年前に恐竜が絶滅したとき、変温動物だった恐竜は寒さに耐えきれず死に、恒温動物だったほ乳類は生き抜いたというのが通説のようです。

 ここから見ても、生物の恒温化は、寒冷化という逆境からの進化ともいえるでしょう。

 また、恒温動物の体温は37-40℃と、気温に比べても高い温度で維持されています。この温度は、ほぼ酵素活性の最適温度であり、このような動物では、常に安定した体温の元、高い水準の活動能力を維持できることになります。

 つまりこれは、逆境からの進化という認識の基に考えれば、恒温化した背景には寒冷化への適応以外にも、活動能力維持の必要があったという仮説を立てられます。弱者故逃げる必要があったのかもしれないし、強い爬虫類よりも活動範囲が広い必要があったのかもしれません。

 更に付け加えると、恒温動物は、変温動物に比べて温度調節が出来る分、有利なのではないかという見方が生まれるかもしれませんが、それは一概にそうとも 言えません。何故なら恒温動物は、体表から逃げる熱を補うための熱も体内で作り続けなければならず、体温維持のためだけに多くのエネルギーが必要となるの です。従って、変温動物に比べて、遙かに多くの餌が必要となるからです。(ある意味で効率が悪いとも言える。)こうしたリスクを負ってまでもこの機能を獲 得したからには、そうせざるを得ない過酷な環境下に置かれたからと言えるのでしょう。

参考:リンクリンク

山崎許子

2014年2月11日 (火)

哺乳類が恐竜絶滅の時代を生き延びたわけ

哺乳類の先祖は、原始的なモグラの仲間と言われており、例えば、トガリネズミのようなものだったと考えられています。(リンク

>以下引用
チビトガリネズミは、世界最小(体長4~5cm、体重1.5g)の哺乳類です。鼻先がとがっているのが特徴で、その細長い鼻で石のすき間などの虫を捕らえ てたべます。超音波を発して暗い場所でも餌を見つけることができます。体が小さいため、30分おきに虫を食べます。普通、小さな動物はよく動き回ります が、チビトガリネズミはしばしば、草のかげで休み、エネルギーを無駄に使いません。また、冬でも冬眠をしません。<引用終わり

恐竜が絶滅したのは、6500万年前の隕石衝突説が有力ですが、哺乳類が、急激な気候変動(日射の遮蔽による気温低下)とそれによる植生の大変動に耐えて生き延びることができた理由は、チビトガリネズミの特徴から推論することができます。

体が小さかったこと、土の中に住んでいて暗いところや狭いところでも餌を見つけることができたこと、無駄にエネルギーを使わないこと、体温の調節機能(恒 温性)を獲得していたこと等は、外圧変化に適応するうえで有利だったはずです。とりわけ、土の中に住み、冬でも活動できる機能があったということは、地上 の急激な気温低下に耐え、僅かな餌でも生き延びるうえで有利に作用したことでしょう。

恐竜が地上を制覇しているという逆境の外圧状況で、その逆境に適応するような機能を獲得し得たから、哺乳類は生き延びることができたのだと考えられます。

雪竹恭一

2014年2月 8日 (土)

プレシアダピス(サルの祖先)から見る逆境からの進化☆

6500万年前 恐竜絶滅⇒巨大肉食鳥の繁栄
      (外圧としては恐竜⇒巨大鳥になっただけであまり変化なし)

      温暖化!!!
      ⇒アジアからげっ歯類(ネズミ)が来る
      (=初の天敵出現=すごい外圧!!)
      ⇒手の親指の変化☆

プレシアダピス(サルの祖先でモグラの仲間)にとって、巨大肉食鳥の出現は恐竜が巨大肉食鳥に変わったというだけで、外圧的には恐竜時代と大差はない。よって恐竜時代に培った生存戦略で生き延びてこられた。

しかし、温暖化によりアジアからげっ歯類がやってきたことにより、外圧がすごく変わってしまった!!げっ歯類とはネズミやリスなどの仲間で、プレシアダピスと同じように虫や木の実などを食べていた。繁殖力がとても強く、プレシアダピスは食料不足に陥り、減少の一途を辿っていくこととなる。プレシアダピスにとってはこのげっ歯類の出現がすごい逆境となったのだ。

そんな逆境の中、手の親指が長くとがったかぎ爪から短く平らな爪を持ち、他の指に向かって曲がるという進化をとげた種(カルポレステス)が登場した。今までもかぎ爪を木の幹や太い枝に食い込ませて木に登りはしていた。しかし、この進化のおかげで『握力』という武器を手に入れたのだ。握力があると細い枝をつかむことができる。枝をつかんで細い枝先に移動し、鳥しか食べれなかった『果実』を食べれるようになった!!

プレシアダピスからみても、げっ歯類の出現という逆境があって手の親指の進化につながっている!!
宮崎未帆

2014年2月 5日 (水)

哺乳類の進化(恒温→授乳→胎生)

哺乳類の祖先は、約3億年前に両生類が登場した少し後に爬虫類との共通祖先が生まれ、間もなく恐竜や現爬虫類の系統と枝分かれした(「哺乳類型爬虫類」と呼ばれる)。彼らが初めに獲得したのは、水中に比べ気温変動の大きい地上で常時生活するための汗腺を含む恒温機能と考えられる。この汗腺から後に乳腺が発生する(彼らに近い現在のカモノハシは、卵生でかつ体毛下の乳腺からにじみ出た乳を舐めさせて子育てする)。

(エステンメノスクス:哺乳類型爬虫類の一種で皮膚の化石から汗腺が見つかっているリンク

(ディキノドン:栄養のある汗を舐めさせて育てた最初の動物と言われているリンク

そして約2億5千万年前、地球上の生物の95%が死滅した、P/T境界(ペルム紀-Perumianと三畳紀-Triassicの境界)と呼ばれる大絶滅が起こった。これは、南極への巨大隕石の衝突若しくは激しい火山活動により地球全体が温暖化し、加えて著しい低酸素状態となったことが原因とされる。この外圧に対応して起こった進化が、母体を通じて胎児に効率的に酸素を供給できる、卵生から胎生への移行である。また、横隔膜の発生+肋骨の下半分がなくなることで、呼吸効率を高めると同時に、横たわった授乳姿勢が取れるように変化した。このようにして、生物の9割絶滅という大逆境に直面したことで進化を果たしたのが、現在の胎生哺乳類である。

しかし、逆境はそれで終わらなかった。同じく大絶滅を乗り越えて恐竜類が登場したため、地上では相変わらず哺乳類は弱者であり、しかも胎生化により生殖負担の増大という弱点も抱えることになった。そのため、より強者の遺伝子を残すために、従来は成長過程で起こる淘汰過程を成体後に引き伸ばす形で、哺乳類は、オス同士がメスの獲得を巡って激しく争う性闘争本能を激化させていった。

田中素

2014年2月 2日 (日)

「陸生植物の出現で、動物の陸生化が促進された」って本当?

「逆境下で生物は進化した」(125976)
魚類から両性類に進化したとき、どのような逆境があったのか検証したい。魚が陸に上がった理由を考える上で、一般的な説を調べてみた。

>シルル紀から始まったカレドニア造山運動は陸地を拡大させた。海退が進んで,気候が不安定になった。陸上では光と酸素は十分だが,水不足ときびしい温度変化にさらされる。したがって陸生の植物は陸上で植物体を支え,水を運ぶための維管束を発達させた。
 陸生植物の出現で動物の陸生化が促進された。(中略)デボン紀に入ると,維管束植物類は大発展し,特に湿地に木生シダの森林をつくった。造山運動の最盛期で乾期と雨期が交代し,より乾燥に適したシダ種子類も現れた。昆虫類が陸上に出現し,脊つい動物では硬骨魚類や軟骨魚類が進化して,肺魚が陸生化を始めた。デボン軌魚類の時代といわれる。デボン紀末期には四足の両生類イクチオステガも現れた。
( リンク )
 
「陸生植物の出現で、動物の陸生化が促進された」
果たして本当にそうなのだろうか?
ここで、仮説を立ててみる。

☆好き好んで、陸地に上がったのではないのでは?
→何か、陸地に上がらなければならない事情があった?
→(その事情とは?) 
→魚類を陸上に追いやった種がいた?
 自然環境が変わった?
→当時の生存環境は?

●当時(淡水域に生息)の魚類の生態

>原始的な魚類は顎の無い無顎類であり、なおかつ満足なヒレもない種族であった。つまり、活発に動き回って獲物を追いまわすというよりも、不器用に海水中を漂いながら、海底の餌を探し回るような生活をしていた。当時彼らのライバルは、魚類よりもはるかに高い遊泳能力を持つオウムガイなどの頭足類であり、制海権は頭足類の手にあった。原始魚類は頭足類に追い立てられるように淡水領域に侵入する。(中略)

頭足類のいない淡水領域で様々な新機能を獲得した魚類の生活様式は、以前の「食われる側」から「食う側」に変化していく。強力な骨格とヒレの獲得で高い運動性能を手に入れ、硬い殻も食い破れるだけの顎も手に入れた。そして、獲物を追い捉えるという生活様式のなかで、運動性能を統括する神経系も発達していく。(119830)

約5億年前のオルドビス紀、海中を支配していたオウムガイから逃れるように、淡水域に移動した魚類。外圧に適応する中で、アゴをつくり、ヒレをつくり、肺やウキブクロを作り、硬い骨を作った魚たち。こうして川に進出したことで強化した魚の一部は、再び海に戻り、オウムガイやアンモナイトなどの頭足類から制海権を奪うことになる。

しかし、もう一方で淡水で生き続けた魚もいる。

●陸に上がった魚の原型

カナダの東北部、ミグアシャから発見された化石で最も有名なものは、ユーステノプテロンである。鋭い歯、力強い尾をもち、魚を狙う捕食性の魚。ユーステノプテロンの仲間は、ヒレの内部に硬い骨でできた骨格をもち、筋肉が発達しているので、肉鰭類と呼ばれている。体型から、おそらく活発に泳ぐというよりも、待ち伏せする捕食魚だったと思われる。
一方、魚の祖先であるケイロピテスから始まる魚たちは、ヒレの内部がスジで支えられているため、条鰭類と呼ばれている。

最初の陸上脊椎動物といわれる四本足のイクチオステガをはじめ、陸上に住む脊椎動物は全て肉鰭類の子孫である。つまり、ユーステノプテロンが、陸に上がった魚たちの原型であり、四本足の魚、両生類へとつながってゆく。

なぜ、陸地に出て行ったのか??
ここで、また一つの仮説が考えられる。

☆生態系として窮屈になったから陸地に出て行った?【種間闘争説】
デボン紀は、魚類が繁栄した時期。ユーステノプテロンは、体型などから考えて、淡水の中では優位に立っていたと思う。捕食魚であるが、魚類の中でもユーステノプテロンが群を抜いて強かったのではないだろうか。その結果、他の生物・魚類を全て食べ尽くしてしまい、食料がなくなるという危機状態に陥った。
→食べるものがなくなってしまったので、食料を求めて陸地に進出するしかなかった?
※この仮説を立証する上での、追求課題としては、当時、ユーステノプテロンよりも強い種が水中にいたか否かの検証。

また、もう一つの仮説も考えられる。

☆川が乾燥によって干あがってしまい、陸上を歩くことを余儀なくされた?【自然外圧説】
当時の河川は、蛇行しており、流れが変わって涸れてしまったということも考えられる。
→別の干潟へ移動するために、陸上を歩くことを余儀なくされ、器官を発達させた?

apor

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