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2014年3月

2014年3月31日 (月)

有蹄動物の進化の歴史

ウマの進化(奇蹄動物)
ウマは、ヒラコテリウム(奇蹄目ウマ科/60cm 体高20cm 前足4本、後ろ足3本)という小さな動物から進化しました。はやく走るために蹄は一本になり、歯はかたい草を食べることができるように大きくじょうぶになりました。

 ウマの仲間は蹄の数が4本→3本→1本と少なくなり、歯は低冠歯から高冠歯へと進化しています。これらは身を隠すことのできない草原で敵から早く走って逃げるためであり、草原に豊富にある粗雑でかたい草を餌にしたためでもあります。傾向進化の好例としてよく取り上げられますが、それはあくまで主流に着眼しているからであり、その陰には絶滅していった多くの亜流の存在があります。

 奇蹄目と偶蹄目はか節目とよばれるグループから始新世の始め(5400万年前)に北半球でほぼ同時に分かれたと考えられています。多くの奇蹄目は、当時の森林環境に素早く適応し繁栄しましたが、偶蹄目とウマ科の適応放散は中新世(2600万年前~700万年前)の気候変化で草原が拡大したことにより爆発的に起こり、このときにウシ科の祖先が登場しています。適応放散の中心地はウマでは北アメリカであり、偶蹄目では旧世界でした。その後、北アメリカの有蹄類は死滅していますがその原因はよくわかっていません。

奇蹄目は、新生代第三紀の初期(始新世5500万年前~3600万年前)に大繁栄しましたが、今ではサイ科・バク科・ウマ科の3科だけになってしまいました。これに対して、偶蹄目は次第にその勢力を広げており、現在で9科が現存し、有蹄類全体の90%を占めています。

 奇蹄目の多くが木の葉を食べる動物であったことから、環境の変化により草原が生じたとき、これに適応して進化した偶蹄目に置き換えられ死滅したと考えられています。一方、ウマ科の動物は草原の環境によく適応して北アメリカで繁栄していましたが、今から1万年前に突然死滅しています。その原因は不明ですが、何か伝染性の病気が流行したのではないかと推測されています。人間は幸いにもアジア大陸に生き残ったウマを家畜化しています。
リンク
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始新生末期ヒマラヤ山脈や地中海の誕生という地殻変動により亜熱帯のようだった気候がだんだんに寒くなり、森の減少→草原化によって奇蹄目の中の木の葉を食べる種が、草原に適応できずに死滅。奇蹄目の中の3種のみが草原や水辺に適応した(ウマ・サイ・カバ)。奇蹄目の減少により草原に進出し適応拡散して爆発的に増えていきます。そもそも、偶蹄目の始祖は岩場など足場の悪いところでも生活するため、偶数の蹄を持つようになったと言われています。足場の悪いいわばから、気候変動によって生まれた草原まで幅広く生息域を広げていったことが、90%を占める草食動物となっていったと思われます。偶蹄目(ウシ目) ウシ、シカ、キリン、カバ、ラクダなど10科からなる。



ちなみに、奇蹄目(一つしか胃袋がない)と偶蹄目(複数胃袋を持つものもある)の違いについて胃袋の違いがあるようですが。偶蹄類のイノシシは複数の胃を持ちません。反芻動物は偶蹄類に含まれますが、すべての偶蹄類が反芻動物というわけではないようです。

石川笑美

2014年3月28日 (金)

地球大変動~哺乳類、森林から草原への適応

新生代は哺乳類の時代とも言われる時代だが、人類に繋がる系統樹としての有胎盤類の拡散適応が行われた時代背景をまずは見てみたい。

K/T境界以降一旦冷え込んだ地球も、二酸化炭素による温暖化等の要因により、温暖期を向える。北緯60~70度(カナダ北東部辺り)まで、亜熱帯性の森林であったと推定されており、始新世(5500万年前)には、北米とヨーロッパにて、現在地球上にいるほ乳類のすべての目(もく)が登場している。(リンク

始新世に登場した哺乳類の科数76、絶滅した科数37。地球全体が巨大なジャングルで覆われた中、当時の哺乳類達にとっては、常に激しい外敵間闘争が繰り広げられていたと考えられる。

しかし、哺乳類にとっての逆境(外圧)は、地球変動によりさらに大きなものとなる。
漸新世(3400万年前)大陸移動による急激な気温の低下、である。(リンク

この寒冷化に伴う乾燥化が進み、大陸が森から草原へと姿を変えて行ったのである。

我々の祖先である霊長類は、樹上空間に特化した機能を獲得してきたお陰で、陸海空に変わる第3の楽園を手中に収め、漸新世(3400万年前)には真猿類として樹上を制覇、後に同類圧力という過去に例の無い生物史上最大の逆境を向えることになるのだが、森林において地上生活を営んでいた多くの哺乳類達は、草原化する地上空間においての逆境に適応する道しか残されていなかった。

草原を形成していたイネ科の植物は、ガラスと同じ成分の微粒子を含む草であり、その草を食べると臼歯が磨り減ってしまう。また、森林で巨大化した体を隠すだけの樹木が茂っている空間を縄張り化できない弱者は、ひたすら逃げ足を早くする事でしか危機逃避が出来ない。

この様な背景の下、ウマのように高い臼歯、ハタネズミの様に一生延び続ける臼歯を獲得したもの、四肢を長くし、より早く走れる足を獲得する等、草原に適応した哺乳類のみが、漸新世(3400万~)~中新世(2400万~510万年前)の地球変動期を生き残ってこれたのである。

川井孝浩

2014年3月25日 (火)

森林の後退と種間闘争で草原へ出て行った草原動物

新生代・始新生(5500~3400万年前)では、地球全体が現在よりはるかに暖かく、北緯60度~70度付近まで亜熱帯林の森林であったと推定されている。
地上では、柔らかい木の葉や根を食べる原始的な有蹄類が繁栄し、樹上では原始的な霊長類や齧歯類等が進化した。

新生代の初めは地球全体の気温は高かったが、漸新世の初め(約3400万年前)頃から、中・高緯度地方を中心に急激に気温は低下した。この寒冷化に伴って、中・高緯度地域を中心に乾燥化が進み、草原が広がっていった。
*気温が急激に低下した理由は、大陸移動により南極大陸が南アメリカとオーストラリアから完全に分離して、南極の周りを回る周南極海流という海流ができ、大気の循環にも影響を与え、赤道地域と南極地域との間での熱の循環が悪くなったと考えられている。

この乾燥化により森林は後退し、森林の中で種間闘争を繰り広げていた哺乳類は、草原に追い出された。この森林後退の逆境により、草原に出て、草原での生存に適した形態(硬いイネ化植物に適応した歯、早く走る足、大型化等)へと進化していく。

このようにして、奇蹄類(ウマ・バク・サイ等の祖先)、偶蹄類(イノシシ、カバ、ラクダ、シカ、キリン、ウシ等の祖先)、げっ歯類(ネズミ、ウサギの祖先)などの中に草原に適応した種が現れた。

参考:リンク

村上祥典

2014年3月22日 (土)

樹上生活への適応

 原始哺乳類(=原モグラ)は小さいながら鉤爪を持っていたらしいのですが、この鉤爪を利用して土を掘ったり、木に駈け登ったりしたのが、その後のモグラ(=土中生活)やサル(=樹上生活)への進化に繋がっています。

 例えば、モグラの多くは指と指の間に水かきのような膜を持っていますが、これは土を掘って土中生活に適応するために手に入れた機能です。

 サルは地上に降りないで樹上を移動できるように枝を握れる親指の対向性や指先の優れた感覚を獲得したと考えられます。ちなみに、モノを握れるような指の形状は原モグラの四肢にはありませんから、樹上に逃避した後に、前足も後足も同時にモノを握れるように進化したと考えるべきでしょう。また、霊長目では爪も鉤爪を失って平爪に進化していますが、モノを握りやすくするためや指先の触覚を発達させるためだったのでしょう。

 地上を経由せずに木々の間を飛び移れるように進化した哺乳類には他にモモンガなどがいますが、後のコウモリなども含めて、これらは枝から枝を滑空するための機能に先端収束した事例です。

 地上をネズミ目が制覇したという意味は、木に登るだけなら可能なネズミ類も多々存在する訳で、霊長目の祖先たちはどんどん細い枝先に追いやられたということです。おそらく、木を降りることなく生きていかざるを得ないという圧力は予想以上に大きかったと思われます。この推論を裏付けるように、樹上だけを生活域にする方向で進化した哺乳類は何種類もいて、原猿もそのひとつだったと推測されます。

土山惣一郎

2014年3月19日 (水)

逆境の連続が哺乳類を生んだ②

2.低酸素化の難
2.5億年前地球は火山活動活発化の結果酸素不足に陥る。(126044)その際恒温性である単弓類は極めて生存上困難な事態に陥る事になる。つまり体温維持のため常に高エネルギーを消費するためすばやい動きが出来なくなるのだ。彼らも低酸素状態に対しては、横隔膜を作る等ある程度適応を遂げているが、それでも対応できなかったのであろう。最盛期には3m以上あった大型の単弓類はほぼ絶滅し、辛うじて小型化したのものだけが生き残る。その後原哺乳類にいたるまで、基本的に小型化戦略をとらざるを得なくなり、爬虫類に主役を譲ることとなる。

3.寒冷期に於ける原哺乳類の登場と恐竜の制圧下での進化
2億2千万年前ごろより地球は一時的に寒冷期に突入する。その際に一段と高い恒温性を獲得したものが原哺乳類である。しかし彼らは10cmしか体長が無い(アデロバシレウス等、参考126245,リンク)。その後温暖化に向かうにつれて大型爬虫類が繁栄していく。かかる中において弱者である哺乳類は恒温性を武器に夜行密猟動物として辛うじて生き延びていく。(変温性の爬虫類は太陽の当たらない夜は極めて動きが鈍くなる)。夜行の密猟捕食の動物となることで(食料は小型の虫)、聴覚を発達させ、その結果脳を発達(大脳新皮質の獲得)させた。しかし恒温かつ大量のエネルギーを消費する脳によって、生き残った哺乳類はほぼ一貫して体長は小さいままであり、かつ寿命は2年間と極めて短命である。
(恐らくこの初期哺乳類の段階で既に胎生に転換している。但し胎盤は無く子宮のみ)そして胎児の安全を確保する=多産と引き換えに、生体後の淘汰を強めることでより適応的な遺伝子を残すために性闘争本能をより強化したのもこの時期であろう。
更にその後1億2000万年前位から、高緯度の土地から順に寒冷化が進んでいく、哺乳類はこの寒冷化への対応のひとつとして胎児の出生確率をより高める胎盤(胎児への栄養補給)を獲得し、現在生存する哺乳類の基礎的機能をほぼ整えることになる。
北村浩司

2014年3月16日 (日)

逆境の連続が哺乳類を生んだ

1.氷河によって水辺を追われ、寒冷化に適応して生き延びた
3億5000万年前より地球は氷河拡大期に突入、約一億年間それが続く。
その中で2億9,000万年前爬虫類が出現、そしてさほど間をおかずして単弓類(哺乳類の前身)が出現する。これは恐らく、氷河拡大期中、多くの地域で池や川が氷結し、その結果、水中に棲めなくなり(or卵が水中で孵らなくなり)止む無く水辺を離れざるを得なかったからで、その為肺呼吸や心臓の機能を(心肺機能)を高める方向で進化を遂げた種たちが辛うじて生き残ったということではないかと思われる。
この単弓類の特徴は、摂取した食物を熱エネルギーに変え、かつ熱を汗腺によって発散する機能がある。つまりある程度の恒温性を獲得している。これは基本的に寒冷下で生き延びられるように適応した結果であろう。
そして恒温性を獲得した結果、卵胎生=卵を体内で孵して生む種も登場している。そのようにして寒冷化に適応した単弓類は、変温動物であった爬虫類(従って赤道近辺にしか棲息でき無かっただろう)に対してより広域の生息域を一旦は確保する。

注)一般には哺乳類は爬虫類から進化したと考えられている。しかし恒温性の獲得や汗腺の存在。更には単弓類の後期には汗腺を発達させ栄養分を分泌する乳腺の原型が登場していることから見て、私は彼らを先哺乳類と呼んでも差し支えないと思う。そして、この単弓類=哺乳類の祖先の登場時期が、爬虫類の登場とさほど時間的に差が無いことから、両生類から爬虫類の系統とは別に直接枝分かれした可能性が高いと思う。
更に(初期単弓類が卵生と卵胎生どちらであったかははっきりしないが、)もし卵胎生の単弓類が主流(もしくは先行している)であれば、両性類が水中で孵していた卵を、母体の羊水の中で孵すように進化したと考えられる事から、(爬虫類は硬い卵の殻を作っている)両生類から直接進化した可能性がますます高まる。

北村浩司

2014年3月13日 (木)

恐竜(大型爬虫類)の絶滅と逆境の中での進化

哺乳類の爆発的な進化と種の多様化は、恐竜(大型爬虫類)の絶滅=外圧の消滅を原因に挙げているものが多いが、果たしてそれは正しいのだろうか?

> 最新の研究で、ほ乳類の祖先が現れたのは、恐竜とほぼ同じ、二億年以上前にさかのぼるらしいことがわかってきました。ほ乳類の歴史の三分の二は、恐竜とともにあったのです。つまり、ほ乳類の進化は、恐竜の進化と表裏一体で進んできたわけです。<(リンク

> 現在、学会で有効とされている種類は恐竜が約350属、絶滅哺乳類は約4000属で、圧倒的に哺乳類の方が多い。これは当然のことで、目のレベルでは恐竜はわずか2目なのに対し、哺乳類は約40目もあるからである。それだけ哺乳類が多様性に富んでいることの証拠でもある。 <(リンク

上記内容より、強者である恐竜(大型爬虫類)と弱者である哺乳類では、常に外圧を受け続けていた哺乳類の方があらゆる可能性に収束・進化しようとしていたと言えるのではないでしょうか。

では、恐竜(大型爬虫類)の絶滅(=外圧の消滅)をどのように捉えたら良いのだろうか?

村田頼哉

2014年3月10日 (月)

哺乳類最大の危機「ペルム期大絶滅」

>生物の恒温化は、寒冷化という逆境からの進化ともいえるでしょう。 <(126138

 寒冷化という逆境に適応し獲得した恒温性によって、その生息域を拡大した単弓類(哺乳類の祖先)だが、2.5億年前(ペルム期末)、火山活動に由来するメタンと酸素の反応によって大気中の酸素濃度が低下すると、酸素消費量の多いこの恒温動物は史上最大の危機にさらされることになる。(※1)

種の96%が絶滅した(126044)最大の絶滅を経て、酸素消費量の少ない爬虫類が繁栄したが、それでも哺乳類の祖先はごく僅かの種が辛うじて生き残った。

2.25億年前に生息していた原始哺乳類、アデロバシレウス(リンク)は、体長10~14cm、体重が20~30gで、ペルム期末に生息していた単弓類である体長1.2mのディキノドン(リンク)と比べると1/10まで小型化していることが分かる。

これは、小型化によって酸素消費量(代謝量)を低下させ(※2)、低酸素及び食料の恒常的な不足という逆境に適応していったためと考えられる。単弓類の段階で、すでに横隔膜を獲得し呼吸効率を改善していたものの、酸素濃度の低下には不十分だったようだ。

さらに、単弓類は卵胎生であったのに対して、哺乳類は胎内保育をより長期化する胎生へと進化していくが、生殖システムの進化も、わずかな酸素を確実に胎児に届けるためだったのではないか。

注)
※1…
現在の恒温動物の標準代謝量(=体内で使うエネルギーの量=呼吸による酸素量)は変温動物の5~30倍であり、それだけ多くの酸素を必要とする。

※2…
体重あたりの代謝量を一定とすると、体長が1/10になれば体重は1/1000となり、代謝量も1/1000まで低下する。

鈴木隆史

2014年3月 7日 (金)

繁殖力旺盛なネズミに追われて原モグラは樹上に逃避した

 前稿の認識をもとに、原モグラからサル(=原猿)への進化を検証するとどうなるか?。

 現代型哺乳類の子孫は食虫目に酷似した原モグラですが、恐竜が絶滅した6500万年前から4000万年前までの間に、食虫目(=モグラ目)に限らず現存する哺乳類の種別の大半は出揃っています。その中でも齧歯目(=ネズミ目)の登場は早く、遅くとも5000万年前までには出現し、その旺盛な繁殖力を武器にして3000万年前には寒冷地を含めて世界中に拡散していたと言われています。その結果、かつて原モグラの主要な縄張りであった地面と落ち葉の隙間はこの齧歯目が制覇したと考えられます。

 ネズミに追われるようにして、ほとんど原モグラの形態のまま地中にもぐったのが現在のモグラ(=食虫目)であり、一方、原モグラが持っていた鉤爪を生かして樹上逃避を試みたのが原猿(=霊長目)です。つまり、サル・人類の祖先である初期原猿とは、象徴的に言えば、ネズミにも勝てずに樹上逃避するしかなかった弱者だった訳です。

 だいたい4500万年~4000万年前に初期原猿は登場したと言われていますから、この樹上への逃避行は、齧歯目の登場から1000万年に満たない間に、木の枝から枝に飛び移るための四足の親指の骨格の発達、さらには枝を掴めるまでの指の対向性を獲得するに至ります。その結果はるいネットでもお馴染の樹上世界の制覇~同類闘争共認機能の獲得です。

 なお、ヘビに追われて樹上逃避したのが原猿だという意見もありますが、むしろネズミetcの哺乳類繁栄に追随するカタチで、ヘビの進化や発展があると捉える方が自然です。確かにヘビは小型哺乳類の天敵と言う人が多いのですが、変温動物としての限界があり、運動活性が哺乳類よりも数段劣ります。また、その進化の系譜を見てみると、手足を無くし、毒によって自分自身の骨も脆弱になるなど、相当なリスクを背負い込んで小型哺乳類などの捕食機能に特化している、並びに、ヘビの繁栄は爬虫類の中では異常に遅いだけではなく、哺乳類の発展史よりも決して先行していない、特に毒蛇への進化は3000万年~2500万年前と食虫目・齧歯目の登場・拡散よりも後らしい・・・、これらの理由から原モグラを樹上に追いやった張本人とは考えにくいと思います。

土山惣一郎 

2014年3月 4日 (火)

新生代は種間圧力の急上昇する時代

 進化史・生物史の板でもかつて議論され、一定の結論に至った内容のひとつに、生物をとりまく外圧は、大きくは自然圧力から種間圧力に移行してきたという認識があります。具体的には、カンブリア爆発の直後の約5億年前には、脊椎動物を中心に多細胞動物の種類は一桁上のレベルまで急増しています。これだけでも種間圧力の急激な上昇は容易に推測できます。

 笠原さんが指摘されている『ビッグ・ファイブ』、つまり自然環境の激変による大絶滅がその後5回ほど起こっていますが、大絶滅直後には再び適応放散によって生物種は急増し、とりわけ2億年前の哺乳類の登場以降は、その上昇カーブはさらに右肩上がりになります。恐竜が滅びたことで有名な6500万年前の大絶滅(=最後の『ビッグ・ファイブ』)による生物種の減少も、哺乳類を中心にした生物種の増加によってアッと言う間に取り返し、その増加基調は人類の文明時代に入るまで続いてきました。

 この事実からは、多細胞動物の登場以後は種間圧力が徐々に生物界の主要な外圧として上昇し、特に哺乳類全盛の新生代(6500万年前~現代)は、哺乳類の種類の増加(=種間圧力による逆境の連鎖)がさらに多様な進化を加速度的に促進してきたことがわかります。このようなスパイラル構造は統計学的分析からも確認されています。

土山惣一郎

2014年3月 1日 (土)

リン酸カルシウム貯蔵棚のような骨格という前適応⇒魚類

我々の骨は、カルシウム(Ca)だけではなく、リン(P)やマグネシウム(Mg)、フッ素(F),亜鉛(Zn)などのいろいろなミネラルにタンパク質がくっついて硬い骨を形作っている。
そして、カルシウムとリンが血中に不足した場合、骨からカルシウムとリンを溶出して生体中のカルシウムとリンの代謝のバランスを維持している。即ち、骨は破壊と再生を常に繰り返している組織である。

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>およそ五億年前に生まれたであろうリン酸カルシウムの貯蔵棚のような骨格は、魚の子孫が陸上で身体を支えるに至って、こんどは重量に対して身体の形を保つ重要な支持体に化けたはずだ。(「人体 失敗の進化史」遠藤秀紀/光文社新書)
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興味深い視点である。

太古の生物にとって、海は生命のゆりかごであった。
生物の組成が海洋のそれと類似することがその所以である。
ところで、その海洋の組成が季節ごとに変容するなら、生命活動を安定化するための先端機能獲得へと向かうのも道理として成立する。

というのも、普通、リン酸は植物プランクトンに蓄積され、消費者たる動物は、それを食べてリン酸を得る。だが、植物プランクトンは年中平均的に生産されているわけではないので、短期的なリン酸欠乏(=逆境)に備えて骨という形で大量に蓄え、不足する時期に小出しにするサイクルを魚類の初期段階で獲得したのではないか? というのが遠藤氏の推論である。

魚は、逆境に備えた骨を起点に筋肉を張ることで桁違いの運動性を獲得したであろうし、住み慣れた海を脱出して重力を支えるほどの骨格へと進化して陸上脊椎動物へと至ることになることからすると、ミネラル貯蔵庫としての「骨」の獲得は、【前適応の状態】 といえる。

*前適応(ぜんてきおう preadaptation)とは、生物の進化において、ある環境に適応して器官や行動といった形質を発達させるにあたり、それまで他の働きに用いられていた形質が転用されたとき、この転用された元の形質を呼ぶ。(リンク

小圷敏文

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