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2014年4月

2014年4月30日 (水)

哺乳類は両生類から直接進化した。

>注)一般には哺乳類は爬虫類から進化したと考えられている。
(126777)

多くの学者達の参加の下最新の進化系統を解明すべく作成されている進化系統樹サイト「The Tree of Life」(リンク)では哺乳類の進化系統は
有羊膜類 (Amniota) から単弓類 (Synapsida) と爬虫綱(Reptilia)
に分岐したとされており、哺乳類が爬虫類から進化したという説は、いまや、あまり有力な説とは言えないようです。(リンク

他のサイトでも

>(有羊膜類は)石炭紀後期に両生類から進化した。両生類の中からは何度も陸上産卵する系統が進化しているが、羊膜はこうした系統のひとつで、陸上に生みつけられた卵黄の多い大型卵の中で、胚の呼吸 を容易にする呼吸器官として進化したと考えられている。
・・・有羊膜類が分岐して、爬虫類 や哺乳類 が生まれた。
リンク

という説が紹介されており、哺乳類の起源としてはこの説が有力なようです。

東努

2014年4月27日 (日)

先哺乳類~哺乳類の汗腺について

>注)一般には哺乳類は爬虫類から進化したと考えられている。しかし恒温性の獲得や汗腺の存在。更には単弓類の後期には汗腺を発達させ栄養分を分泌する乳腺の原型が登場していることから見て、私は彼らを先哺乳類と呼んでも差し支えないと思う。(126777

爬虫類にはなく、哺乳類の特徴であると言われる汗腺には、アポクリン腺とエクリン腺の2系統があります。大きくはフェロモンを出す汗腺と水分を出す汗腺です。

アポクリン腺と呼ばれる汗腺は、体臭腺(水分を殆ど出さないフェロモン系=脂質・たんぱく質・ホルモン等の分泌)で、こちらの汗腺の獲得が進化上先行しています。現在の多くの哺乳類でも、ほぼ全身にこのアポクリン腺が分布しており、哺乳類の乳腺はこのアポクリン腺から派生したものであると考えられています※。

したがって、先哺乳類(単弓類)の獲得した汗腺はこのアポクリン腺系統で間違いないと思われます。しかし意外にもこのアポクリン汗腺は、思ったほど体温調節機能(体温を下げる)は持っておらず、基本的には体温とはほぼ関係なく作用する体臭腺で、臭いを出す時の二義的な作用で微少の体温調節(体温を下げる事)が可能といった程度のものです。

(※ヒトのアポクリン腺は個人差があり現在、腋や陰毛部等に一部残存しているのみですが、腋のアポクリン腺存在部にまれに乳腺組織である「副乳」があることが知られています。またこのアポクリン腺は女性の乳輪部にも存在しているようです。)

片や、エクリン腺は体温調節の(体温を下げる)為の発汗作用(いわゆる汗をかく機能・99%水分)を持つ汗腺です。しかし、これも意外な事に、全身にこのエクリン腺を持つ哺乳類はごくまれなのです。あまり知られていませんが、この汗腺を全身に持つのは人や霊長類など一部の高等(といわれる)動物に限られており、哺乳類のほとんどはこのエクリン腺を持たなかったり、体のごく一部にしかなかったりします。(例えばネコなどが汗をかくのは四肢の裏のみで、犬や狼、げっ歯類などは事実上体表にエクリン汗腺が存在しません。)

また、このエクリン汗腺の発達は脳の発達と連関が深いとも言われ、脳の発達と、それに伴う脳活動の大量発熱→冷却の必要から体温調節機能(ラジエーター)として、このエクリン汗腺を発達させたとの見方もあるようです。猿もほとんどがこのエクリン汗腺をあまり持たず、たくさん持っているのは一部の霊長類、その中でも特に人類が、全身にあったアポクリン腺をこのエクリン腺に置き換えて著しく発達させているからです。※↑

翻ってこれらのことから、先哺乳類(単弓類)の汗腺の獲得と発達は、恒温性の獲得が寒冷適応である事から考えると、並行して体温調節(体温を下げる)※※機能を獲得したというよりも、別の目的を優先させた機能である可能性が高いのではないかと考えられます。(体皮保護・免疫・保温・授乳・縄張り・性闘争・・・)

※※恒温性の為の体温調節機能には体温を上げる機能と体温を下げる機能がある。寒冷適応の場合は必要ないが、恒温動物の温暖化適応の場合は必要。体温を下げる機能には、発汗以外にも体毛やパンティングといわれるあえぎ呼吸による蒸発方式やラジエーター方式等多々あり、例えば鳥類等は恒温動物でありながらどちらの汗腺も全く持たないが、これらの方法を組み合わせ体温調節(体温を下げる)を可能にしている。

<参考サイト> 
汗をかくリンク
鳥の体温は何故高い?リンク
体温調節の方法リンク
笠原光

2014年4月24日 (木)

爬虫類(単弓類)から原始哺乳類へ

約3億年前、「パンゲア」と呼ばれる超大陸が形成され、それに伴い巨大なマントル上昇流=スーパープルームが発生し、地上は寒冷化。「卵が孵化しない」という状況に陥る。
そこで、地上より暖かい「土の中」で適応しようとした爬虫類(単弓類(哺乳類型爬虫類)から三畳紀後期に進化したキノドン類)が、後に原哺乳類と言われる生物だ。(リンク)(リンク

土の中で、①恒温化(→免疫機能の発達)②(心肺機能の発達(横隔膜・2心房2心室)・仮眠機能→)低酸素適応化と肉体改造し、生き延びたのだ。

そして、約2億5000万年前、地球史上最大級の火山噴火が起きる。
大噴火により大気中の二酸化炭素の増加し、温暖化。海水温が上昇し、大陸棚周辺部の海底に分布しているメタンハイドレートの融解から、大気中に膨大なメタンガスが放出される。強力な温室効果が進む。
また、植物の壊滅・大気中に放出されたメタンによる酸素消費により、地上は低酸素状態に。
この火山噴火による高温化・低酸素状態により、地上の96%の生物が絶滅。(=ペルム期大絶滅)(参考:126044126731

地上の外敵が減ったこと、また、気温の温暖化が進んだことによって、地中で暮らしていた原始哺乳類は地上へ出たと考えられる。(既に低酸素状態への適応を果たしている為、低酸素状態の地上であっても生存可能だった。)

中瀬由貴

2014年4月21日 (月)

魚類の進化(海にいる魚類の大半は淡水で進化した)

> 約5億年前、オウムガイなどの頭足類と初期脊椎動物である無顎魚類の関係は、一方的に脊椎動物が捕食される関係だったと言われています。その後、魚類の先祖たちはこの頭足類から逃れるように、汽水域(≒河口)に追いやられ、浸透圧との闘い、水位の変動への対応などの外圧に晒される中で、外骨格や空気袋(=肺や浮き袋の前身)を獲得し、再び海にもどる者、新たに淡水に適応する者へと適応拡散していきました。<(125973)

魚類の祖先たちは海にいる天敵(オウムガイの仲間)から逃れるため、汽水域へと進出し、まずは浸透圧(塩分濃度)の問題を克服するために硬い甲羅を形成します。

そして、デボン紀中期(4億2千万年前)に硬い骨をもつ硬骨魚類が生じ淡水(真水)に進出しそこで決定的な進化を遂げました。
①肺の発達…肺は食道の一部から生じたと考えられています。
②腎機能の進化…淡水での生活に適応するため水分と塩分の体内濃度を調節するために腎機能が進化しました。

また、脊椎(背骨)を持った理由(進化)は、「強い筋肉を支える」ということも一つであるが、それ以上に直接的な理由として「カルシウムなどのミネラル貯蔵庫」だったと考えられています。つまり、淡水は海に比べてミネラルが少なかったため、背骨の無い生物の多くは適応できずに絶滅しています。

これらの魚類は条鰭類と総鰭類にわかれ デボン紀中期(4億年前)に魚のままの姿を選択したグループと淡水で進化を続けたグループとに分かれました。

このうち魚の姿を選択したグループがふたたび海にくだりそこで肺を浮き袋に作り替えて大繁栄したのが鰭(エラ)に筋のある条鰭類のなかでも硬骨魚類とよばれるタイやマグロといった普通のお魚で、更にこれらの一部は再度淡水に進出し今のほとんどの淡水魚、コイやメダカ、マスといったものになりました。

サケやマスなどが河川に遡上して産卵するのも、その起源が淡水であったことを意味していると思われます。

魚類のなかには、終始海洋にとどまって進化した一群がいます。それがサメやエイなどの軟骨魚類で、淡水で腎臓を鍛錬しなかったため浸透圧の調整法が他の魚類(水や塩の排出)とはことなり、血液に尿素を溶かして浸透圧を上げています(食べると臭味があるのもこのためです)。
また、エラぶたがなく皮膚がヤスリのように硬いのが古代の魚類である板皮類の面影をとどめているようです。

村田頼哉 

2014年4月18日 (金)

草原での進化(有蹄類の進化)

>この森林後退の逆境により、草原に出て、草原での生存に適した形態(硬いイネ化植物に適応した歯、早く走る足、大型化等)へと進化していく。

 森林と比べると、草原で暮らすには2つの逆境が待っています。
 一つは、硬く消化しにくいイネ科植物を餌にしなければならないことと。もう一つは敵から身を隠す手段を失ったことです。

●草食のための進化
 草は、それ自体が体を支える支持器官としての役割も担っているため、細胞はセルロースという頑丈な壁で守られています。ところが体内の酵素ではセルロースを壊すことはできません。そこで、セルロースを分解する「腸内細菌」を利用し植物から栄養を採ります。
 その為、ウマの場合はなんと「盲腸」を1.2mにも及ぶ巨大なものに進化させています。また、ウシの場合は、「複胃」を作り出しています。
 この違いは、腸内細菌によって栄養素を取り出す器官が、栄養分を最も効率よく吸収する小腸の、手前にあるか後ろにあるかの差です。
 胃は小腸の前にあるため、とりだした栄養分の多くを小腸で吸収することが可能です。現在、偶蹄類(ウシなど)は奇蹄類(ウマなど)よりも科、種ともに多数で勢力では優勢です。その大きな要因は、走る能力よりも、偶蹄類、特に反芻類が編み出した優れた消化システムにあると言えるかもしれません。


●脚の進化
 森林と草原の大きな違いの一つは、身を隠す場所が少ないことです。従って草原では、「敵を見かけたら走って逃げる」ことも重要な生存戦略の一つとなります。
 しかし、捕食者も身を潜めながら近づき走って捕まえるため、両者が走力を向上させる方向に進化していくことになります。

 ここで歩行の仕方を分類すると、現在のほ乳類は3種類に分かれます。

・蹠行性
 ヒトやクマのように、かかとを地面に付けながらぺたぺたと歩く。早さに劣るが安定性に優れる。
・趾行性
 イヌやネコのように、肉球で体を支えて歩く。それなりのスピードを出せ、静かに忍び寄ったり、急旋回が可能。
・蹄行性
 ウマやウシのように、指先だけで体を支える。最もスピードが出るが、足は走る以外の用途を持てない。

 有蹄類は、文字通り蹄行性です。逃げやすいとはいえ、人でいえば常に爪先立ちをしているような状態です。そこで指先で脚を支えるために、爪は頑丈になり、蹄を形成するようになりました。
 有蹄類は先祖の指の数はいずれも5本でしたが、進化の過程で指の数を減らしています。少ない数の指で体を支えるために、主軸となる指の骨は丈夫になっていき、体重を支えない骨は細くなっていき、やがて痕跡となって姿を消してしまいました。

 有蹄類の脚の進化は、逃げる必要の他にも、食性が草食であることから、広範囲の餌場の必要⇒移動に耐えうる堅牢な足が必要ということもあったかもしれません。


参考サイト:リンクリンク

山崎許子

2014年4月15日 (火)

クジラの進化

7500万年前、恐竜は絶滅し、一方哺乳類はその隙間をぬって多数の種が生まれました。
テチス海の近くのユーラシア大陸では、肉食獣同士の種間闘争が激しかったと考えられます。メソニクスリンクがクジラの祖先と考えられていましたが、DNA解析からは偶蹄目の仲間のカバ科に近いDNAを持っていることが分かり、カバと共通の祖先から進化したのではないかとも考えられます。

この時代の肉食獣たち 
アンドリューサルクスリンク
ヒアエノドンリンク
シノニクスリンク

エサの取り合いに負けた弱者は、5000万年前ごろ(始新世)テチス海をその付近の浅瀬、河口~沿岸、そして沖合いへと生活圏を移動。漸新世にはさらに水の中の生活に適応する方向で進化しています。

→5500~3800万年前(始新世)
ムカシクジラリンク  最初は四足。

→3800~2500万年前(漸新世)
ハクジラ(主食は頭足類(イカ・タコ)や小魚。)や、ヒゲクジラ(主食はオキアミやプランクトン。歯は退化し、海水を口に含み鯨髭でオキアミなどをこしとる。)が出てくる。ムカシクジラは絶滅。
太いしっぽは尾びれへ、前足は前びれ、後足は退化、体毛はエサよりも速く泳ぐために退化。全面的に海での生活に適応するため進化。外耳は退化して音響定位リンク能力を獲得。

より海での生活に適応した進化を遂げているのは、テチス海がなくなってしまったことと関係しているのではないでしょうか。

始新世の初期、気温は急速に上がり始め、10万年で7℃上昇、高温期が20万年続きました(大海進の時代)。
始新世中ごろから南極大陸に大陸氷河の形成が始まり、気候は徐々に寒冷化しました。漸新世は世界的な海退期で、漸新世後半からそれまでずっと広い海域(テチス海)だったところは、造山運動が始まり消失(インド亜大陸は北上しユーラシア大陸とぶつかりヒマラヤ山脈になってしまった!)。クジラは沖に出て行くしかなく、そうなるとさらに自由に泳げる能力を身に付ける必要があったと考えられます。



参考 リンク クジラは何処から来たの?
   リンク ウィキペディア

長谷川文

2014年4月12日 (土)

メソニクス類は肉食としては中途半端な歯の生き物だった

カール・ジンマー著「水辺で起きた大進化」より

メソニクス類は6500万年前ぐらいから3500万年前ぐらいに生息していた。肉食の肉歯類ではなく、植物食の顆節類のなかでも有蹄類に分類されている。

もともとは、肉歯類に分類されていたが、歯の基本構造が顆節類と同じであることから分類しなおされている。原始的な有蹄類から、歯を植物食の方向でどんどん変えていったのが現在の有蹄類で、途中から肉食の方向に変化させたのがメソニクス類と考えられている。

メソニクス類は、肉食の方向に歯を変化させたが、残念ながら肉歯類のように、動物をかみ殺すような牙は生み出なかった。

足の構造はブタやバクに似ており、チーターやガゼルのようには走れなかったがそこそこ早く走れたと考えられている。

このような歯の構造と足の速さから、狩りをしていたとは考えられず、ハイエナのように死肉をあさっていたか、水辺で魚や亀を食べていた可能性が高い。昔はハイエナ説が有力であったが、歯が異常に磨り減っていることから、最近、魚や亀を食べていたとする説が出された。

いずれにしても、肉歯類との生存競争では、明らかに不利な存在であったと思われる。

クジラとの関係については、メソニクス類はネズミ大のハプロデクテスから、クマ大のパキエーナ、ライオン2頭分の大きさがあるアンドリューサークスまで変化が激しく、類内の近縁関係も不明快で、どれがクジラ類の近縁なのかは分かっていない。

野田雄二

2014年4月 9日 (水)

クジラもやはり逆境で進化している

鯨は大きく3つの分類に分かれます。ムカシクジラ、ヒゲクジラ、ハクジラの3種類です。現存するのはヒゲクジラ、ハクジラの2種で、ムカシクジラは3500万年前に絶滅しています。

ではそもそもなぜ陸上の哺乳類であったクジラが再び海に還ったのか?

 クジラの祖先の登場は始新世(5000万年前)です。その頃の気候は非常に温暖で、海洋面積が増加しました。よって陸上哺乳類の生息環境が狭まり生存闘争の敗者であったクジラの祖先は、テチス海の汽水域から、海へと適応していったのではないかと考えられます。

 その後漸新世(3500万年前)に入ってから大幅な気候変動(寒冷化)と海流の変化、またアルプス・ヒマラヤ造山活動の影響からテチス海をはじめとする浅海の面積が減少しました。

 この頃ムカシクジラが絶滅しています。ムカシクジラは既に体長20mに達する種も存在することから、クジラ類の中では制覇種であったと考えられます。

 それに対してハクジラは比較的小型な種が主流でした。小型であったがために、浅瀬での索餌が不可能で(浅瀬にはムカシクジラがいた)深海に潜り餌を探していたものと考えられます。そこでエコロケーションという暗闇でも聴覚を利用し餌や天敵の場所を察知する機能を得たのであろうと考えられます。その機能を大いに進化させてハクジラ類はこの逆境を乗り切ったと考えられます。

 一方ヒゲクジラはそれまで他の生物が餌としていなかったオキアミやプランクトンを、独特の構造(ヒゲ板)に進化させた歯で濾過し摂取するという方法でこの逆境を乗り切りました。

 こうやって見てみると、やはりクジラも追いやられた種が逆境にさらされ、それまでに獲得した機能に可能性収束し進化していることが分かります。

末廣大地

2014年4月 6日 (日)

海に還った哺乳類(1)

1.海生哺乳類進化の2系統
哺乳類の海への回帰は、これまで大きくは2度起こったと考えられる。一つは、クジラ類(クジラ、イルカ、シャチなど)のグループ。もう一つは鰭脚類(アザラシ、アシカ、オットセイ、トド、セイウチなど)のグループ。このことは、次のような違いから推定される。

①骨格の違い:現存するクジラ類の尾びれは尻尾が変化したものであるのに対し、鰭脚類の尾びれは後ろ足が変化したものである。
②化石年代の違い:クジラ類の最古の祖先または海生への中間形と考えられる化石は、約5千万年前の地層から、鰭脚類の最古の祖先と考えられる化石は、約3千万年前の地層から発見されている。
③出土場所の違い:上記化石は、前者はパキスタンやエジプトで多数発見され、後者は北米で主に発見されている。
つまり、約5千万年前にクジラ類の祖先が南方で海に回帰し、次いで約2千万年後に鰭脚類の祖先が北方で海に回帰した、ということになる。

※他にゾウの仲間と考えられている海牛類(ジュゴン、マナティ)があるが、祖先の化石年代は約5千万年前、主出土地は南方(アフリカ)であるため、クジラ類と概ね似た経緯での回帰と考えてよいと思う。

2.クジラ類の海への回帰(約5000万年前~)
恐竜を絶滅させた6500万年前の隕石衝突による寒冷化が一段落し、5800~5000万年前は気候は温暖化、海面は上昇した。赤道上にはパンゲア大陸の南北分裂でできたテチス海(古地中海)があり、陸地では絶滅を生き延びた食肉類(ネコ科の祖先)、顆節類(現在の有蹄類の共通祖先)、肉歯類(絶滅した肉食種)の3つの肉食グループが生息していた。食肉類は後に犬やライオン、熊などに進化するが、当時は2~30㎝ほどの雑食性で、最も広い地域に分布していた体長1m強の肉歯類が制覇種だったと考えられる。彼らに追われた顆節類の一派がテチス海の河口付近でクジラへと進化する。おそらく、内陸の水辺にはワニや体長18mのニシキヘビの仲間もいたため、逃避先は汽水域しか無かったのだろう。

その後、四足で陸と海を行き来していた5200万年前のパキケタスから、4900万年前のアンブロケタス、4700万年前のロドケタス(いずれもパキスタン出土)といった中間形態を経て、約4500万年前のバシロサウルスでは体長も20mとなり、完全に水棲に移行した。この約700万年の間に、鼻孔の後方への移動、前足と尻尾のヒレ化、後足の退化、体型の流線型化、体毛の消滅など海生適応へ向けた身体変化が成されている。

田中素

2014年4月 3日 (木)

クジラ目への進化の第一歩は、生存闘争の敗退から始まった。

クジラ目の祖先に関する分析は分類学と分子生物学で違い、両者は対立構造にある。
頭骨の特徴など形態的な分析(分類学)からは6000万年前頃の「メソニックス類」(無肉歯目・偶蹄類の共通祖先)が祖先ではないかと言われており、DNA分析(分子生物学)からは偶蹄類の共通祖先から分岐してきたのではなく、偶蹄目の一部から分かれてきたと考えられている。

この2説の事実の決着はつける必要があると思うが、まずは分類学的見地に立ち、「メソニックス類」からクジラ目への進化過程を考えてみたい。
メソニックス類は6000万年前ごろユーラシア大陸に生息していたが、そこには無肉歯目(メソニックス類)の他に現代でも肉食獣として繁栄している「食肉類」(ネコやイヌ、クマなどのグループ)、現代では絶滅して存在しない太古の肉食獣である「肉歯類」が存在しており、熾烈な生存闘争(エサ争い)を繰り広げていた。
メソニックス類はこの生存闘争の中で、他の食肉類・肉歯類に追いやられ、エサを求めて陸上から河口の汽水域に移り住んで行く。

この頃インド亜大陸はユーラシア大陸から離れており、ユーラシア大陸とインド亜大陸の間には、広く浅く、そして暖かくて豊かなテチス海が広がっていた。
メソニックス類は、食肉類・肉歯類に追いやられた結果、エサを求めてこのテチス海の汽水域へと移住して行く。そして進化の中で水性適応→海生適応していき、現在のクジラ目へと繋がっていく。

(分子生物学的見地=メソニックス始原説が正しいとすれば)エサを巡る生存闘争からの敗退→汽水域への適応進化が、クジラ目誕生の第一歩だったと考えられる。

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