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2015年6月

2015年6月30日 (火)

変異存在たる男は、外圧に応じて働く

>闘争存在である男性は、闘争課題があるとがんばるものの、闘争圧力がなくなると途端に「怠ける」ということ。外圧依存型の闘争性や勤勉性はもっているものの、何もない時には怠けがちなのがオスという生物なのでしょう。<(215029) 外圧適応態としての生物は、   女(メス)は安定存在   男(オス)は変異存在 の両方で適応(新たな外圧変化には自らも変化(外圧と闘争)し、そして集団として適応⇒安定)してきた。 従って外圧に適応する為に変異するということは、言い換えれば外圧が低ければ変異(状況打開)の必要もなくなるので、闘争しなくなる、というのが男なんでしょうね。

佐藤晴彦

2015年6月27日 (土)

頭がいいといわれる動物は「遊び」ができる

賢い・頭がいいとはどういうことか?

現代社会は学歴格差問題や、高学歴層=エリートの傍若無人ぶりが目立つ社会になっており、これが社会の閉塞感を生み出す一因となっている。
では「本当の?」頭のよさとはなんだろうか?
この問題を生物の進化過程と合わせて考えてみたい。

◆頭がいいといわれる動物は「遊び」ができる。
・動物界の中でも霊長類・人類は知能が発達した存在。この他にもイルカやカラス、犬・ネコは比較的知能が発達していると言われている。
これらに共通していえる事は「遊び」ができるということ。
リンク

◆「遊び」はなぜ行われるのか?
>ほとんどの高度な知性を持った動物には、主に成熟前に遊びが見られる。これは生物が生きていく上で必要な体力、知識、経験などを自然に得るために備わった性質だと考えられる。動物は遊びの中で狩りやコミュニケーションの方法を学んでゆく。
リンク
というように遊びの基本は成人してからの闘争・社会適応のための準備とする側面は多いにある。
しかしそのような目的をもった遊び以外の遊びも多数あるのではないか。

◆チンパンジーの子どもの遊び
>野生チンパンジーの一日は、採食・移動・休息の3つの活動に大きく分類される。特に移動中には多様な遊びが見られる。
「坂道」ではさまざまな遊びが生まれる。坂道をくだる時には、でんぐり返しや、手足を伸ばして転がる鉛筆のように横向きに回転するなどの遊びが見られる。坂道に枯葉が積もっていれば、両手で枯葉を押しながら(または引きながら)進む遊びや、あおむけになって腕を回転させて枯葉の海を背泳で進むような遊びが見られる。

>まだ母親の背や腹で運搬されているアカンボウは、「歩行中の母親の身体」を使って遊ぶことがある。四足歩行をする母親の腹の下に両腕でぶら下がって両足を地面すれすれに垂らしてみたり、母親の背中の上であお向けに寝転がってみたりする。また、運動能力が向上してくると、移動中の母の背から飛び降りては飛び乗るということを繰り返したり、道端の木の枝やつるに飛び移っては飛び戻るといった遊びをするようになる。

>「穴」も、チンパンジーの子どもたちの興味をしばしば引きつける環境の一つだ。森の中を歩いていると、ところどころにツチブタが掘った穴が地面にあいている。こういった「穴」を見つけると、チンパンジーの子どもたちは中を覗き込んだり、穴の中に入ったりすることがある。リンク

※想像するだけでもほのぼのとした情景が浮かんできますが、これらはなにかの目的があって行っている「遊び」とは少し位相が異なります。
このような純粋?な遊びは人間の子どもでも見られます。

◆人間の子どもの遊びは動物進化の追体験?
>誰に教わるでもなく、赤ちゃんから幼児まで、子どもは「いないいない ばあ」が好きです。その理由は私にとってずっと謎でしたが、遊園地などで子どもが狭い穴に入りたがることから、その秘密に気づきました。かって、原始ほ乳類の頃に、彼らが穴暮らしをしていたことから、説明がつきます。安全な暗い穴に潜んでいて、両親が食料を運んでくることを待っている原始ほ乳類の子どもにとって、親はいきなり、「いないいない ばあ」状態で現れます。それは、子どもにとっては、生死につながるすごくうれしいことなのです。また、暗い穴蔵をはっていき、親に出会う時もそうです。

>乳児は、最初は腹をすりながら「はいはい」を行います。そして、幼児になっても腹すりの遊び(砂場や滑り台など)が大好きです。これは、両生類とは虫類の記憶と考えられます。いきなり四つ足で立ち上がるほ乳類とは、明らかに違う遊びです。
子どもが土管の中などを、四つ足歩行で歩くのが好きなのは、穴暮らしの原始ほ乳類の記憶から説明できますが、腹すりの「はいはい」や腹すりの滑り降りは、は虫類の記憶から説明できます。

>子どもは、砂遊びとともに、どろんこ遊びが大好きです。水辺に連れていくと、親が制止しない限り、水に足を入れ、泥を手ですくうことを始めてしまいます。なぜ、ぬるぬる、ぐちゃぐちゃの汚い泥遊びが大好きなのか、それは、かって、人の祖先が水際で暮らしていた、両生類(カエルの先祖)の時代の記憶をたどっているのではないでしょうか?
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※科学的な根拠はさておき、視点としてはユニークな提起です。これらも目的のある遊びというよりも、無意識のうちに、動物が進化してきた、人以前の生物の古い成長の歴史を刻んだDNAに導かれて、遊びでその跡をたどってきている可能性が十分に考えられます。

◆遊んでいるとき脳回路はどのように働いている?
>遊びをつかさどる脳のしくみについては、好奇心や愛情、セックスについてほどよくわかっていない。ひとつだけわかっているのは、遊びには新皮質がまったく必要でないことだ。新皮質がまったく活動していないというのではない。おそらく、活動しているだろう。けれども、新皮質を取りのぞいても、動物は遊ぶ。前頭葉は新皮質の中で決断と責任をつかさどる部分で、ここが損傷すると、もっと遊ぶ。これは、人間の子どもがだれでも、成長して前頭葉が成熟するにつれて、だんだん大はしゃぎをしなくなることと一致する。おそらく、前頭葉が支配的になるほど、「まじめ」になり、遊ばなくなるのだろう。
>僕たちの普通の状態は、「前頭前野」で「意識の連続性」が保たれているために、こういう状態(統合失調症)にならないで済んでいるだけのことなのではないだろうか。「遊んでいる状態」というは、「意識の連続性」という呪縛を意図的に解除して、もっと脳の奥の深い(時間性)ところを活性化している状態、とでも呼ぶべきなのかもしれない。
リンク

◆まとめ
チンパンジー・人類の子どもの遊びに共通する項目として「触覚」が上げられるのではないか?
霊長類・人類は他の動物と比べて「心」(=共認機能)を持っている。
リンク
この共認機能を獲得していく過程で重要になったのがスキンシップや皮膚感覚、それに伴う安心感や充足感がこの心を生み出したと考えられる。
とすれば「遊び」の原点はこの安心感や充足感を充たすことがその第一義にあり、それは「触覚」を介して得られる行為に収斂するのではないだろうか。
(現代の子どもたち(大人も含めて)は視覚・聴覚に情報や遊びが偏りすぎ、触覚の発達が遅れたことが、偏ったエリート人材の大量生産をもたらしたとも考えられる。

2U

2015年6月24日 (水)

食品アレルギーが増加するのは何で?

現在、食品アレルギーの増加に伴い、表示義務の定められている食品は

卵、乳、小麦、そば、落花生、えび、かに

の7品目であるが、それ以外にも特定原材料に準ずるものとして、
アワビ、イカ、イクラ、エビ、オレンジ、カニ、キウイフルーツ、牛肉、クルミ、サケ、サバ、大豆、鶏肉、豚肉、マツタケ、モモ、ヤマイモ、リンゴ、ゼラチン、バナナ
といった実に多くの食品類が、アレルギー原因物質として挙げられている。

学校給食などにおいても代用食の導入等が定められ、非常に神経質な対応が求められるようになっていますが、少なくとも私の幼少期にはその様な対応は全く見られませんでした。

これは、明らかに近年「食品アレルギー」の子供が増加している事を意味している訳ですが、増加の原因となっているものは一体何なのか?

アレルギーの原因は、抗体(IgE)の働き(過剰反応)によるものである事が近年解ってきていますが、この中でも食品アレルギーの引き金となるのは、『経口免疫寛容』の関わりです。

この経口免疫寛容とは、簡単に言えば食べ物の入口部分=経口で、食物を異物=敵として認識し拒絶する反応を抑える仕組み。

栄養吸収を行いつつ経口的に侵入した病原菌から生体防御を行う必要のある腸管に備わった免疫機構と密接に関連しており、かつ腸内細菌とも大きな関わりを持っています。

人の場合、生まれたての赤ちゃんは無菌状態であり、かつ経口免疫が働く状態になっています。まだ腸管免疫が未発達な状態であり、かつ母乳成分(母親の体内で食品が分解され育成に必要な養分が凝縮されたもの)をほぼそのまま体内に取込む仕組みを備えている為、母乳以外のものは極力入口部分で排除するようになっています。

しかし、生後4~5日もすると赤ちゃんの腸内にも細菌類が住み着き始め、これらの腸内細菌が腸内フローラという生態系を徐々に形成して行きます。これらの腸内細菌は腸管免疫と共生関係を構築し、食物の消化や代謝物の生産等にも関与しますが、この腸内細菌の誘導によりサプレッサーT細胞の誘導⇒B細胞の抗体産出抑制⇒経口免疫寛容の形成という順で、徐々に食物蛋白質の受け入れ態勢を形成し、離乳期へと移項して行きます。

即ち、体内での細菌類との共生により免疫学習を事前に行い、乳離れ後の捕食行動に徐々に備えていく仕組みが作られているという事。

逆に言えば、あまりにも清潔すぎる環境で育ち、腸内細菌の増殖が阻害されると、経口免疫寛容が形成されずに食品アレルギーを誘発する可能性も高くなる、という事が言えます。

食品アレルギーの原因としては食品添加物の影響等も指摘されていますが、近年の行き過ぎた清潔信仰が、思わぬところで生育環境に悪影響を与えている一例とも言えそうです。

生物進化史とは群・共生適応の歴史でもあり、細胞同士の共同体213775として長い道のりを歩んできています。人以外の生物を異種と見なし、敵視するような認識は即座に塗り替えた方が良さそうですね。

2015年6月21日 (日)

【微生物共同体の事例】 土壌微生物と解毒

微生物による農薬の分解を研究されている方が、微生物の共同性について述べておられました。以下、抜粋して紹介します。リンク (←本文は図入りでわかりやすいのでそちらも読まれる事をお奨めします)

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現代の農薬の構造は,ベンゼン環やヘテロ環がたくさん繋がっていたりして複雑であるが,畑や水田の微生物はたいていこれらを,それなり時間はかかっても(余り早いと薬効がなくなる),水や二酸化炭素まで分解するか,土の有機成分に取り込んでしまう。~中略~ 微生物達は頼まれもしないのにどんどんそういった人工化学物質を分解してくれるのである。これは人間のためではなくて自らの住処である自然環境を守るためと考えるべきであろう。

(中略)

ヒトの体内に薬剤などの異物が入り込んだ時,免疫系が働き,それを解毒しようとする。自然生態系においてもまったく同様の解毒反応が起こる。環境中の微生物はさしずめ抗体かマクロファージあたりに相当するといえようか。

(中略)

最近取り組んでいるのは,河川生態系モデルを構築し,そこでの農薬分解性微生物を調べるといったものである。モデルといっても要は川から水と砂を取ってきて瓶詰めするだけなのであるが,これで結構面白いことが分かってきた。
アトラジンという除草剤(トリアジン環の炭素を14Cで標識したもの)をこのモデルの水に加えてやると,砂の中に生息している分解能力を持った微生物がそれを感知し,増殖を始める。ただしアトラジンの分解はすぐ起こるのではなく,いわゆるラグタイムというものがあって2週間前後はただ砂に吸着されて減少するくらいである。それがラグタイムを経過すると突然急速な分解が始まり,一週間程度で水中のアトラジンは消失してしまう。どうやらアトラジンを分解する微生物はラグタイムの期間中は砂の中あるいは表面で増殖し分解は行わないようなのであるが,ラグタイムが終了すると(それがどうやって決まるのかは不明かつ興味深いのだが)菌体がいっせいに水中に浮遊し,分解を開始する。

(中略)

全体としてみると,アトラジンを完全にH2O+CO2+NH3まで分解(無機化)するには少なくとも2種類の微生物が係わらなければならないことが分かる。アトラジン分解菌を単離(平板培地上に純粋培養すること)して調べてみると,これらは実際にアトラジンをシアヌール酸まで分解するものがほとんどであった。ただし1%くらいの確率で無機化できるものが見出された。しかしこれらはよく調べてみると2種あるいはそれ以上の細菌の混合であることが分かった。最初は偶然のコンタミ(雑菌混入)かとも思われたがどうやらそうではなく,アトラジンを分解するという目的のもと,必然的にくっついて存在していた(共同体)ようなのである。

ある目的を持って集まっている微生物共同体というのは,実は自然環境中ではかなり重要であるらしい。よく知られている例では,嫌気的にブドウ糖が分解(メタン発酵)される場合は少なくとも3~4種の微生物の関与が必要であること(好気的なら単独で分解できる菌はごく普通に存在する),あるいはメタン生成古細菌は種類により必ず特定の酢酸生成菌と共生し,水素の供給を受けているらしい。また,植物体内に共生する絶対嫌気性窒素固定細菌は,好気性菌(酸素を消費する)と共存することにより,嫌気的環境を得ているという報告もある。

農薬など化学物質の分解においても,同様の共同作用は当然起こりうるであろう。例えばイソプロチュロンという尿素系の除草剤では,ある分解菌1種だけでは分解は遅いが,他の特定の菌と混合すると非常に分解速度が速まるという。これはある特定のアミノ酸の供給によるらしい。あるいは反応の途中で生ずる有害な代謝物を分解除去することで共同体全体での分解を促進するという細菌も報告されている。このような例は分かりやすいが,これ以外にもおそらくは様々な様式で分解菌を援助する共同体メンバーが存在しているのではなかろうか。筆者のアトラジンでの例では,分解過程のA→BとB→Cをそれぞれ分担して担当しているとすればそれはごく単純で教科書的な共同体であるが,そう単純ではない。あるいは第2,第3の微生物が存在して,何らかの(かなり必須な)援助をしている可能性も否定できない。

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環境を一定に保つことは、異物を分解する微生物にとって重要なのでしょうが、環境=生態系を構成する生物全体にとって有意なものです。押し広げて考えれば、微生物の共同体に限らず、生物全体が「共同体」であると思えてきました。

多田奨

2015年6月18日 (木)

バイオフィルム~微生物共同体

細菌の「バイオフィルム」は、生命始原の存在様式を考察する上で、重要な示唆を与えてくれる。
こうした現象を考えると、「単細胞生物」という概念は果たして正しいのだろうか? と思う。
生命はその始原から共生体・共同体として存在していたのではないだろうか?

夏井睦氏のWebページ:新しい創傷治療(リンク
リンク より、『バイオフィルム入門 -環境の世紀の新しい微生物像-』(日本微生物生態学会バイオフィルム研究部会 編著,日科技連)の書評を転載。
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 最近,細菌学の初歩的な本を読むことが多いが,これまで細菌のことについてほとんど知らずに創感染とか,感染予防を論じていたことを反省させられること,しきりである。要するに,医学しか知らずに,医学の常識で感染症の問題を論じても意味がないのである。感染症について論じるなら,まず細菌のことを知り,それを出発点にしなければいけないのだ。

 しかし,私が知る院内感染の専門科の先生の言動を見ると,細菌のことを全く無視して感染制御について論じているのである。その結果,人間の都合で院内感染対策を考えることになり,的外れで場当たり的な方策ばかり提言するのである。もうちょっと勉強したら,といいたくなる。

 そこでバイオフィルムである。10年ほど前から褥瘡や院内感染の論文に登場するようになったと記憶している。それらを読むと,「カテーテルなどには細菌がバイオフィルムを作っているため,消毒薬も抗生剤も効きにくくなり,細菌を除去するのが難しくなる」と説明されていることが多い。そこには「バイオフィルムなんてものを作るから医者が困っているんだ。細菌は細菌らしく,徒党を組まず,一匹一匹,ウニョウニョ泳いでいればいいんだ」というニュアンスが読みとれる気がするがどうだろうか。要するに,「細菌は単細胞生物だから,自然界では一個一個の細菌が自由勝手に動いていているんだろう」と考えてしまうのである。私自身,この本を読むまではそのように考えていた。自らの無知を恥じるばかりである。

 現実の細菌たちは「一匹一匹でウニョウニョ」ではないらしい。単細胞生物はバラバラに自由気ままに生きている訳ではないのだ。バイオフィルムを作って共同生活をしているのだ。

 つまり,バイオフィルムとは「細菌共同体」であり,自然界普遍のものである。決して,カテーテル内面にたまたまできるものではないのだ。医者が問題にするはるか大昔から,細菌たちはバイオフィルムを作って共同生活をしていたのである。
 というわけで,バイオフィルムの基本的知識を列記しようと思う。

1.世界にはいろいろな物があるが,物には必ず表面がある。表面があれば必ず微生物が付着する。

2.「表面」と水が接するところでは,複数の細菌が表面に付着して微生物共同体を作る。これがバイオフィルムである。

3.バイオフィルム内では複数種類の微生物が共存している。

4.金属でもプラスティックでも,それを水(媒質)の中に入れると,その直後からイオンと有機分子の付着が始まり,ついで細菌の付着が起こり,次第に増えていく。細菌は細胞外多糖(Extra cellular polysaccharides, EPS)を産生し,他の細菌・微生物が共存できる環境を作る。

5.細胞外多糖類からなるマトリックス内部には複数種の細菌コロニーが存在している。コロニー間を密度の低いポリマーが埋め,そこは水が自由に移動するwater channelsとなっている。これは多核細胞生物体に極めて近い構造体であり,それがバイオフィルムの本質である。

6.バイオフィルム内の酸素濃度,イオン濃度はwater channelからの距離,表面からの距離で異なり,μmのオーダーで勾配を作っている。このため,多様なニッチ(生態的地位)が生み出され,好気性菌と嫌気性菌など異なった代謝系を持つ細菌がμmオーダーで棲み分けている。

7.バイオフィルム内では他種類の細菌が高密度で生息していて,お互いに代謝産物やエネルギー,情報のやりとりをしていて,遺伝子の交換も起こっている。このことで,単独の細菌にはない機能を生み出すと同時に,多種多様な環境変化にも対応できるようになる。

8.抗生物質のMIC,MBCは単一の浮遊菌で求められた値であるが,これは現実の細菌の生存形態(バイオフィルム)とは異なるものである。細胞レベルの浮遊菌の薬剤感受性はバイオフィルムに適応できないは当然である。

 以上は,本書の一部分を簡単にまとめただけだが,これだけだって多くの医療関係者には「目からウロコ」ではないだろうか。変化の激しい環境で生き抜くために,細菌たちはお互いに身を寄せ合い,生きるために情報を交換し合い,必死になって生き延びようとしているのだ。実にけなげである。

 このような細菌たちの姿を知ると,そんじょそこらの方法で除菌ができないことは簡単に理解できるだろう。何しろ,大豆のツルツルの表面にも細菌が巣くっているし,ステンレスの表面の微細の傷にもバイオフィルムが作られるのである。こういう現実を知ると,「創面を消毒して細菌数を減らす」というのが机上の空論,タワゴトでしかないことは明らかだ。何しろステンレス鋼内部にバイオフィルムを作り,金属を破断させる細菌ですらいるのである。金属内部にバイオフィルムを作ることの困難さに比べたら,人体の粘膜や創面に定着するなんざ,朝飯前なのである。

 消毒薬の効果にしても試験管内で調べられたものである。つまり,本来の生存形式であるバイオフィルムを破壊して,さらに,本来固着生活をしている細菌を浮遊させた(一個一個に強制的に分離し)条件で調べたものである。こういう状態で消毒薬が効いた,効いていない,と論じても無意味である。
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(引用以上)

岩井裕介

2015年6月15日 (月)

『快癒力②』篠原佳年著(1) ~わくわくすることが無いと病気になる~

『快癒力』の続編です。日々の過ごし方、生き方そのものについての問いです。これは、結構本質をついている内容だと思います。

わくわくして仕事やいろんな事に取り組んでいる時は、疲れを知らないものです。逆に、これが無く、何となく過ごしていると病気もするものです。これは、誰もが経験してきた内容でしょう。意識の持ちよう一つで自ら病気にもなってしまいます。病気とは、日々の生き方そのものを問うているのだと思います。

『快癒力②』篠原佳年著 
2012年の黙示録 『快癒力②』より引用します。

以下引用です。

病人が必ず答える5つのパターン

 毎日、私のところには、いろいろなタイプの患者さんがやって来ます。特に本を出してからは、私の専門であるリウマチの患者さん以外にも、ガン、糖尿病、高血圧などから精神的な病気まで、前にも増して多くの患者さんがみえるようになりました。

 ほとんどの人は私と向かい合うと「先生、この病気は治りますか」「どうすればよくなるでしょうか」などと心細そうに聞いてきます。こういう人ほど、私がいままで本に書いたり、いってきたことに耳をかさないのです。病気や健康、自分の体というものにとらわれすぎていて、ほかの何ものも見えなくなっている。病気から逃れられない典型です。

 私はどんな病気の、どんな症状であれ、いうことは次のことです。
 「いま、楽しくわくわく感じることをしてみたら、どうですか」
いちばん大切なのは、病気を治そうとか、健康を保とうなどということを、すっかり忘れてしまうことです。そのためには、我を忘れて夢中になることをはじめなさい、といっているわけです。

 ところが奇妙なことに、すんなりとこの話を受け入れるのは、健康な人ばかり。私の本を読んでくれるのも、健康な人ばかりなのです。病気の人は、何度説明しても「薬は一日何度飲めばよいですか」「手術はしないと治りませんか」――そういうことにしか興味を示さないのです。

 私はだんだん気がついてきました。

 病気の人は、自分かやりたいことが浮かばない。わくわくすることが思いつかないのだということです。そこで、私は患者さんに、こうたずねてみることにしました。
 「治ったら、あなたは何をしたいですか」
 その結果、答えは次の5つのパクーンしかありませんでした。まず、いちばん多いのが「絶句」です。
 「えっ、先生、何ですか?」

 これがいちばん多い。まず、ほとんど、これだと思います。たしかに、医者からいきなりそんなことを聞かれたら、とまどいはあると思います。しかし、ほとんどの人が『そんなこといわれても、急に自分の病気が治るわけがない』と思っているから、絶句してしまうのでしょう。

 ということは、「治っても、特にしたいことがない」ということです。
何をしたいということもなく、日常生活を送っていたところ、病気になったために、その生活がストップした。だから、病気が全快したら、もとの日常に戻るしかない。つまり、ふだんの日常生活というのは、「どうしても戻りたいというほどのものではない」ということなのです。要するに、ただ川に流されるがごとく、何十年という時を過ごしているということになります。

 2つ目は男性に多いのですが、「仕事をしたい」という答えです。これも不思議でした。病気が治ったら、「もう、いまの仕事をやめたい」というのなら、わかるのですが、治っても仕事をしたいという人が多いのです。

 そんなとき、少し意地悪かもしれませんが、私はこういってあげます。
 「申しわけないんですが、病気は治りませんから、いまから仕事をやったらどうですか。時間がもったいないですよ」すると決まって、手を大きく振って、「いえ、先生、治ってからでいいですよ」といいます。つまり、仕事というのも、いますぐにでもやりたいものではないようです。

 しかし、仕事をやりたくないとはいえない。やりたくないものを、やりたいと思うように自分をだましつつ、ずっとここまで生きてきたのですから、病気にもなります。

 3つ目は「家事をしたい」というもの。これは女性が「仕事」の代わりに挙げることの多いものです。治ったら夫の世話をしなければいけない、子供の面倒を見なければならない。洗濯ものもたまっているし、お弁当も作らなければいけない……。これらも、「しなければならない」ものばかりで、決して、「治ったら、わくわくしながらやりたい」ものではありません。

 4つ目は、「旅行に行きたい」という希望です。ところが、そういう患者さんのカルテを見ると、みんな遠くから来ているのです。九州からも、東京からも、わざわざ倉敷まで旅をしてくるのです。ですから、もう十分に旅行はしているわけです。

 5つ目ですが、もう少し知的な人になると、「人のためになるようなことをしたい」といいます。では具体的にどんなことをしたいかとたずねると、ただボランティアをしたいというだけで、どこの施設で働きたいとか、介護の学校に行きたいとかいう具体的な目標はありません。

 つまり、病気になる前には、何も考えていなかったわけです。要するに、多くの人が病気になる、ならないにかかわらず、自分の人生において、特にやりたいことがないのです。
 「今日一日しか命がないとしたら、あなたは何をしたいですか」
 この質問も、同じことです。きっと明確に答えられる人は少ないでしょう。つまり、人はかなりあいまいに人生を送っているわけです。
 「そんなこといったって、金もないし、侍間もない」

 そういう人も多いでしょう。しかし、今日一日しか命がないという前提で「やりたいことは何ですか」と聞いているのに、「金も時間もない」と答えるのでは、あまりにも寂しすぎるのではないでしょうか。逆に考えれば、人は決して、やりたいことをやって生きているのではないということなのでしょう。

 いま、病気でないあなたにも、同じことがいえます。
特にやりたくもないことをやっていれば、当然、楽しくなんかありません。人生が面白いわけもない。食べて、寝て、起きて、働くという毎日では身動きができなくなる。そうなれば、それが病気のもとになるのは明らかです。

以上、引用終わり。

復讐の叫び

2015年6月12日 (金)

生命原理をとことん追求して医者を超える

以前、がんの発生構造について調べた時に印象に残ったのは「がん遺伝子」という悪玉的な名で呼ばれている原因遺伝子が、そもそもは(がん原遺伝子という)生命の細胞分裂に不可欠な遺伝子だということ、そして、生体内では遺伝子複製ミスは日常的に起こっているため、がん原遺伝子が損傷して生じるがん細胞も何万と発生していることです。209015 通常これらの変異細胞は免疫細胞(ナチュラルキラー細胞など)によってアポトーシスを受け処理されていますが、免疫機能のチェックをすり抜け一定の塊りになるまで増殖を続けたものが、病としての「がん」です。 ある程度の塊りになっても、生体の持つ免疫力で自然に消失できる程度のものが「良性腫瘍」、そうでないものが「悪性腫瘍」という風に呼ばれていますが、消失可能な否かは、その生体の持つ自然免疫力との相対関係でしかないので、良性と悪性の境目は実は曖昧。 だから、がんに対して本質的に効果が高いのは生体の免疫力の向上であるということは間違いない事実で、免疫治療にあまり着目してこなかった西洋医学では、(おそらく経験則的に)がん細胞の塊りのサイズや物性によって、良性と悪性を定義・判断してきたに過ぎないと思います。だから「がんが消えた209173」ということも十分に起こえます。 こうしてみると、医療界で絶対視されている「三大治療法」というものも、非常に西洋医学的で対症療法的な治療手段の幾つかに過ぎないと感じます。私たち素人でも(素人だからこそ)、生命の仕組みと病の発生構造をとことん追求することで、西洋医学と医療業界の枠に縛られ、患者からの質問に対して三大治療法を繰り返すことしかできない208945マニュアル・ドクターを超えて最適解を導きだすことは、十分可能だと思います。

2015年6月 9日 (火)

人の遺伝子の34%はウィルスのかけら(近似物)である

>ウィルスの起源には、細胞以前から存在するという説と、細胞誕生後に、細胞内の遺伝子の切れ端が外に飛び出していったものだとする説がありますが、現在では、後者の説が有力視されるようになってきています。またヒトゲノムの解析の結果、「人の遺伝子の34%はウィルスのかけら(近似物)である」ということも明らかになってきました。
~「生物史より自然の摂理を読み解く」より~リンク

 人の遺伝子の34%はウィルスのかけら(近似物)であるという事実から私が感じた事は、
 人類は免疫機能を獲得していく進化を辿っている、特に脊椎動物以降はその塗り重ねで進化適応してきた。だが、その適応の結果が遺伝子の34%はウィルスのかけらという事であるならば、その%分の適応の歴史があったという事であり、その%分の絶滅の可能性も持っていたと思えるのである。

 特に、免疫機能はウィルス感染から適応する為の抗体サンプルを膨大に体内で作り、その極わずかな適応抗体を持って毎回適応していく仕組になっていると聞く。この不効率な事は生命態として適応種であるのかと疑わざるを得ない。
※昆虫等の方向性の適応の方がその点では利に適っていた。

 また、人類間でもHIVの抗体を持つ種やHA亜型(H1~H13)全てを持つ種も存在しており、これらは環境に適応するべく免疫機能を獲得し、遺伝子情報を持って次代に繋げていっている。当然、人類以外にも豚や鳥、牛などでも色んなウィルスに適応する抗体遺伝子は子孫に伝えていっている。

 しかし、よくよく考えるとこれはイタチごっこである。ウィルスに適応する為の抗体作りで、新たなウィルスをも作成させ、それらのかけら(ウィルス)は遺伝子情報に蓄積され子孫に渡される。

*ほとんどはウイルスの遺伝子の一部でいわばウイルスの化石のようなものですが、中には完全なウイルス遺伝子を保有していて感染性ウイルスを放出するものがある。
*小児に発症する突発性発疹の原因となるヒトヘルペスウイルス6(HHV-6)は、血液ではなく、DNA経由で親から子に感染するという事実もある。
参照:リンク
 リンク

 次代にいくほどその蓄積は膨大になり、やがて抗体作成スピードに追いつかない状態(新たなウィルスの蔓延や病気が膨大に突然発生)が来てもおかしくないと思えてしまう。
 やがて脊椎動物という種におけるこの致命的な弱点が種の数を減少させていく方向になるのは必然と思われる。

 我々人類は、進化適応の方向を神経系の発達に舵を取り、その代りに免疫機能を共に発達させる事で適応していく道に居る。これはまぎれもない事実であり、その宿命は種としてしっかり認識しておくべきであろう。
 そして、その方向にある以上、種の多様性は免疫機能の保持・適応においても必要なものであり、排他する方向へ行っては絶滅してしまう事=免疫機能とは多種との共存によって初めて成立する事を強く認識すべきだろう。

匿名希望 

2015年6月 6日 (土)

ウィルスで病気になるのはなんで?

ウィルスは、大きくDNAウィルスとRNAウィルスとに別けられるが、いずれもが生物とは言えず、ウィルス単体では代謝も増殖も行えない。即ち、細胞分裂時のミスなどによって生じた、元細胞のDNA・RNAの単なる欠片である。

そして、この単なる欠片であるウィルスが増殖するのは、それら元細胞とほぼ同じ構造を持つが故に、生きた細胞が同類と認識し、取り込み、生態反応を起こす仕組みが適用されるからである。

即ち、ウィルスというものは、生物が存在し生態活動を続けている限りは、常にあらゆるところで発生し続けるものであると考えても、間違いではないだろう。

但し、生態にはミスを起こした時の修復機構、あるいは異物と認識した場合にそれを排除する免疫機構が同時に備わっている。

これらの状況から俯瞰すると、当然人間の体の中でもウィルスは当り前のように発生しているのだが、その多くは元々が同類であるが故に大した問題も起こさずに体内淘汰(アポトーシス)される、あるいは特異な症状を発した場合には、直ちに修復機構にかけられる事によって、殆ど病気にはならずに済んでいるのだと考える事が出来る。

では、多くの人々に風邪などの症状を齎すインフルエンザウィルスの正体は何か?

その発生源として知られているのが水鳥(鴨)で、鴨の腸内にはA型インフルエンザの亜型として考えられる144種(H:16通り×N:9通り)の全てが存在すると考えられている。

参考:カモのうんちに宝が潜む
リンク

この事から推定するに、他種の体内で生じたウィルスが感染した場合、それを同類であると勘違いして細胞が取り込んだ場合には、当然のように異常反応を起こしてしまう訳で、それが病気の元となる構造は素人であっても容易に想像の出来る事だ。

しかし、鴨の中では、ほぼ共存している。それは、鴨の中で発生した断片であるからさほど問題は起こさない、という前段に示した構造と同じであろうと考えられる。

そして、さらに重要なのが、これら異種間転移によるウィルスに対しても、当然ながら免疫機構は働く、という事実だ。

異種間転移の起こり易い構造として、人・鳥・豚間の共通受容体が媒介になりやすい事が解っており、その遺伝子プールとして3者が密接な生活環境にある中国南東部が新種のウィルスの発生しやすい地域である事が指摘されているのだが、なんとその中国の田園地域に住む人々の体内には、既に検査したHA亜型(H1~H13)の全てに対する抗体を持つ事が確認されているのだ。

これは、文字通りその地域特有の環境に対し、種としての集団適応を重ねた結果であり、時に水鳥の運ぶウィルスが、抗体を持たない別の地域に着床した時にだけ、多少の猛威(と言っても風邪が流行る程度だが)を振るうという構造になっている。

全ての生物は外圧適応態である、という普遍構造から見て、共生環境に置かれた生物間では、ウィルスも含めた適応様式を獲得する方向性に進んできた、という事が見えると同時に、世界全域において単なる予測の元に均一のワクチンをばら撒くという行為は、むしろ環境適応という自然の摂理に反した行為となっている危険性が指摘される。

川井孝浩
 

2015年6月 3日 (水)

癌と体温

ガンは自らが作っているので、自ら無くすことは可能です。それは篠原佳年著「快癒力」(199388)でも書かれていますし、実際にガン細胞が無くなる事例は報告されています。通常、免疫力にてガン細胞を抑えていることは知られていますが、熱に弱いことも報告されているようです。そう考えると可能性は幾らでもありそうです。

自らが、自身のエネルギーを何処に使うかで病は決まります。「病は気から」が今も直、そう考えられている理由はそこにあります。もっと調べてみようと思います。

その内容を紹介します。

余命「体温免疫力」
リンクより引用します。

以下引用です。

平熱が高いほど、元気
生命活動に欠かせない酵素が最も活発な体内環境が37.2度(体の深部)
低血圧=低体温
低血圧の人は朝が弱い×低体温だから、弱いが正解

病気のすべてが、体温の低い状況で起きている

冷え
西洋医学では冷えは病気と認めていない

東洋医学では冷えを未病といい、健康と病気の境目にあるとしている
東洋医学では冷えを放置し、深部温度が下がることを防ぐために鍼灸、漢方薬などの治療がある
東洋医学では冷えると病気になる。温めると病気は治る、健康が維持できるという考え方

体温を維持するためのエネルギーは血液
血流が途絶えると、体温がさがる
交感神経の緊張で血流が途絶える
多忙、睡眠不足、が続くと、緊張状態が続く

風邪などでリンパ球が減って免疫力が低下すると、体温を上げてリンパ球を増やし、
病原菌と闘おうとするのが発熱のメカニズム
発熱は免疫力が働いている証拠。
薬を使わず、リンパ球を増やして自然に治すのがベスト

西洋医学は免疫力にあまり目を向けていない
返って免疫力を低下させ悪化させる治療が少なくない
解熱剤、ステロイド、痛み止め、抗がん剤はすべて免疫力を低下させる

免疫力は漠然としているが、目に見える形で教えてくれるのが体温
体温を上げる癌の治療法も研究されている

癌で余命3ヶ月の人がインフルエンザで39度の発熱が1週間続いた。
その後の検査で癌が消えていたのが解った。
体中の癌が消えた。癌は熱が出れば治るという論文も多い
丹毒、面ちょうなどを起こすと癌が全身にあっても消える という論文もある
細菌に感染すると高熱がでる。感染による発熱で免疫能が高まり癌が消えたと考えられる

細胞が異常に増殖してできたものを腫瘍
できた場所だけで大きくなるものを良性
他の組織の中まで進入し全身に転移していくものを悪性
増殖のコントロールが効かなくなった細胞=がん細胞は毎日34000個体内で産まれている
発ガンしないのは免疫力。異物として、攻撃してくれるので排除される

免疫力よりも、癌の増殖力が大きくなると腫瘍となる
体温と高めて、免疫力をあげ、NK細胞に癌の退治をしてもらう。それが温熱療法

以上引用終わり。

また、免疫療法で取り組まれた方のサイトに詳しく克服について書かれています。やはり自然治癒力を最大限に発揮できる機能を本来持っていることがよく分かります。

「肺ガン体験/免疫療法は凄い」
リンク

復讐の叫び

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