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2019年1月

2019年1月28日 (月)

植物は短時間での遺伝子変異を実現することで適応可能性を高めた

植物は、人や動物・昆虫との接触を受けると、防衛手段として30分程度でゲノム変化を起こすことがあると確認されました。
動物群と異なり、植物は直接的な移動という手段を持ちません。
しかし、植物も五感を備えており、外敵を敏感に察知しています。とりわけ直接的な感覚器である触覚で危機を捉えた際に、移動による危機逃避ができないがゆえに、遺伝子応答のスピードを上げることに可能性収束して、適応力を高めたと考えられます。
◇植物は人間が触れた30分後にはゲノムを変えてしまうリンク
<GIGAZINE>より
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植物は人・動物・昆虫などとのわずかな接触によっても遺伝的防御反応を示し、接触が繰り返されると成長が著しく阻害されることが研究で示されました。植物は接触から30分以内にゲノムが変わると研究者は述べています。
Mitochondrial Function Modulates Touch Signalling in Arabidopsis thaliana - Xu - - The Plant Journal - Wiley Online Library
リンク
Plants don't like touch: Green thumb myth dispelled -- ScienceDaily
リンク
Plants can feel you touching them-and they don’t like it - Quartz
リンク
植物の先端部分を毎日なでるなどすると、植物全体の成長が抑制されるという「接触形態形成」という現象は、これまでにも研究者が確認してきたところでした。また、植物が人間の接触を感じる様子は、オジギソウを触った時の反応からも見てとれます。
オジギソウはまれな例であり、多くの場合、植物が接触を感じている様子は目に見えません。しかし、新たな研究で、接触をトリガーとして植物のホルモンや遺伝子発現は劇的な反応を示すことが報告されています。これらの反応により、植物の成長は著しく阻害されるとのこと。
オーストラリアのラ・トローブ大学の研究者たちは、シロイヌナズナを柔らかい絵筆でなで、その後の、生物学的な反応を分析しました。研究を行ったJim Whelan氏は「人間や動物、昆虫などの接触、あるいは植物同士が風に揺られて触れることですら、大きな遺伝子応答を引き起こします」「なでてから30分以内に植物のゲノムの10%は変化します」と述べています。なお、シドニー・モーニング・ヘラルドの取材に対してWhelan氏は「植物に触ると最大10%の遺伝子が発現を変えられる」と述べていますが、ラ・トローブ大学のプレスリリースではわかりやすくするために「ゲノムの10%が変化する(10 per cent of the plant’s genome is altered)」という表現が使われているとのことです。
植物は脅威を感じても、人間のように逃げることができません。そのため、人間でいう免疫系の植物版のシステムが非常に繊細にできており、免疫系を刺激することで植物から菌類を撃退することも可能とわかっています。
一方で、新たな研究では、植物が接触に対して反応するには多くのリソースを要するため、成長が妨げられることが示されました。植物を複数回なでることで、その成長率が30%も小さくなるとのこと。同様の研究結果は過去にも発表されており、2016年には優しくなでるだけで何千という遺伝子の発現が変わってしまうことが示されています。
Whelan氏らチームが明らかにした事実は、より回復力のある植物の開発に役立つとも見られています。植物の防衛反応を変える方法がわかれば、より育つ植物を作り出せる可能性も考えられます。
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稲依小石丸 

2019年1月24日 (木)

地球の細菌と古細菌の約70%は地中に存在 何百万もの種類の微生物が未発見と発表される

Deep Carbon Observatoryの科学者たちは、圧力、温度、低エネルギー、養分可給性などの極限下にある深部地下に、どれぐらい、どんな生物が存在するかなど、いくつかの発見について報告した。(リンク)
同チームは海底を2.5km掘削したり、深さ5km以上の陸地にある鉱山やボーリング孔から微生物をサンプリングすることで、地球深部の生態系モデルを調査・研究。
それにより、深部の生物圏には「地下のガラパゴス」というべき世界が広がっており、そこには生物分類における細菌、古細菌、真核生物の3つのドメインが存在することがわかった。
また、地球深部では細菌と古細菌の2種類の微生物が支配的だとしている。その中には何百万もの種類があるが、まだ発見や特徴づけには至っていないという。これはいわば微生物の「暗黒物質」であり、生命の木についての私たちの考えを劇的に広げるものだ。
地下生物を研究する科学者たちは、地球の細菌と古細菌の約70%は地中に存在するとしている。ちなみに、わずかに生き残った「ゾンビ」バクテリアや他の生物が地球の地下深くにある膨大な量の炭素となっており、この量は地表の全人類を合わせた炭素量の約245~385倍もあるそうだ。
こうした地球深部の生物の存在により、他の惑星の地下にも微生物が生息する可能性があると科学者たちは考えている。



A.i 

脳の進化と共に、睡眠も進化してきた

脳にとって睡眠が重要なことは認知されつつあります。改めて、生物史の観点から、睡眠の機能・役割がどのように塗り重ねられてきたか?
から探索してみました。
リンクより、引用します。
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■睡眠の進化と多様性
睡眠は脳が脳のためにおこなう休息と活動のリズム機能だから,脳の発達とともに睡眠の様式も発達する。無脊椎動物の行動睡眠は,睡眠とは呼べないほど概日リズムの性質の強いものである。たとえば昆虫の不活動状態は,高等な脊椎動物つまり大きく発達した脳をもつ温血動物の睡眠とは質的にかなり異なる状態であるが,しばしば眠りあるいは休眠ということばで表現される。
現代科学としての睡眠研究はほとんどが脊椎動物を対象にしておこなわれ,しかも大半が実験用に飼育されている哺乳動物でおこなわれてきた。だから,昆虫ばかりか無脊椎動物全般さらには非哺乳類の脊椎動物全般の睡眠については,正確な情報が欠けている。構造的にも機能的にも脊椎動物とは異なる中枢神経系をそなえた無脊椎動物の「睡眠現象」が,どこまで哺乳類の睡眠とかかわりをもっているのかという問題も解明されていない。
脊椎動物は大脳つまり終脳を新しい中枢として発足させたから,終脳睡眠を指向する管理技術が開発されることになった(表1)。外温性脊椎動物である魚類や両生類の示す原始睡眠,これを一歩進めた爬虫類の中間睡眠,内温性脊椎動物である鳥類と哺乳類の真睡眠がそれである。
さらに,鳥類と哺乳類は真睡眠を脳波睡眠として判別できるレム睡眠とノンレム睡眠へと分化させた。この過程には,外温性(変温性)から内温性(恒温性)への移行にさいして,概日リズムの拘束を離れ,時刻に依存しないで脳のホメオスタシスを確立することが必要となったからと考えられる。内温性への移行は,外部環境のみならず内部環境(体内環境)の諸条件への適応も要求されるからである。
レム睡眠はもともと古い型の眠りであると考えられる。つまり,魚類や両生類などの原始的な眠り,さらには,絶滅した恐竜たちや現存する爬虫類のやや進化した眠りと共通する性質をもっている。レム睡眠は,大脳皮質があまり発達していなかった外温性動物(変温動物)が,身体を休ませることを主目的に開発した休息法を基本としている。
そのさい,身体を不動化させることが,最も重要な機能だった。言い換えれば,骨格筋の緊張を解いて,身体を麻痺状態におくのである。こうすれば意識水準の低下した状態で,勝手に動いて危険を招くこともない。また,変温動物では,活動しないと体温は自然に下がるから,エネルギーの節約にもなったはずである。
しかし,鳥類や哺乳類のような内温性動物(恒温動物)になって,大脳が大きく発達すると,事情は一変した。骨格筋の緊張を解いて身体を不動化させるだけでは,体温を下げてエネルギー節約をはかることも,発達した大脳機能を低下させることもできない。
だから,レム睡眠はそのままでは欠陥技術となってしまったのである。こうして,新たに開発された新技術がノンレム睡眠であろう。そのさい,レム睡眠は捨てられることなく,新しい付加価値とともに生き残った。レム睡眠の最も重要な役割は,意識水準や体温を下げてしまうノンレム睡眠と,その逆の性質をもつ覚醒との間にうまく橋渡しをすることである。それぞれの役割をひとくちで言えば,ノンレム睡眠は大脳を休ませ回復させる眠り,レム睡眠は大脳をノンレム睡眠の状態から目覚めさせる眠りである。こ
れら2種類の睡眠は脳が脳自身を休ませるために開発した高度の生存戦略として出現したのである。
■睡眠の多様性
睡眠は適応のための技術であり生体防御のための技術である。さまざまな身体内部および外部の環境条件に合わせて,脳をうまく休息させ,よりよく活動させるための柔軟な生存戦略である。だから,どんな動物も睡眠を放棄したり克服することはできなかった。現存する高等動物はみな眠るのである。睡眠は脳の進化とともにその役割を拡張してきた。
しかし,眠ることは筋肉を緩ませる,意識レベルを下げる,栄養補給を断つなどの危険を伴う〃命がけ〃の行為である。それだけに,睡眠中の安全が確保できる条件をととのえないと,眠るわけにいかない。優先してなすべきことがほかにあるなら,睡眠は順位をそちらに譲らなければならない。
そうなると,安心して睡眠に割り当てられる時間は,かなり限られたものになってしまう。さらに,いつも同じ条件がつづくとは限らない。1日のうちの限られた条件と時間のもとでうまく眠り,うまく目覚めるために,高等動物は進化の過程でさまざまな方式を開発してきた。睡眠に驚くほどのバラエティーがあることはそのあらわれである。だから,睡眠はほんらい多様性に富むものである。
 
1日に占める睡眠総量やそのなかのノンレム睡眠とレム睡眠との比率は動物種によって異なる。1回ごとの眠りの長さ,つまり睡眠単位の長さも,種によってさまざまである(表2)。同じ個体であっても,時と場合に対応して,眠りは流動的に変化する。動物たちにはさまざまな生きざまがあるように,さまざまな寝ざまがある。
草食獣と肉食獣との差異は,栄養となる食べ物の内容や,住んでいる場所や眠る場所の安全性におおいに依存している。草食獣は,栄養分の低い草を大量に食べなければならないし,天敵に襲われやすい草原に住んでいるので,ごく短い眠りをすこししかとることができない。消化の悪い草を吸収するために,反芻つまり食べ戻しをする草食獣もいる。これに対して肉食獣は,栄養分の高い食物をまとめて食べてしまうとほかにすることがなく,天敵に襲われる危険も少なく比較的安全なので,ゆっくり眠れる。
 
しかし,多くの草食獣はうとうと状態を活用して,なかば覚醒なかば睡眠という状態で,筋肉の緊張を緩めることなく,睡眠機能を実行している。うとうと状態は食べる,眠るという相反する2つの要求を同時に満足させる技術である。特殊技術としてほかにも,半球睡眠がある。これは,左右の大脳半球を交互に眠らせながら,行動を持続させるというものである。イルカやオットセイなどの海獣類が泳ぎながら,またアホウドリやカモメなどの鳥類が飛びながら実行することが知られている。




時田 弘

2019年1月18日 (金)

ウイルスとは何か1~生物と非生物の境界~

『生物と非生物の境界、ウイルスとは何か 中屋敷均 / 分子生物学(リンク』から転載します。
現在の生物の定義(増殖と代謝)から言えば、非生物となるが、その定義を疑ってみたほうがいい。
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世に多くある「境界」の中でも、人にとって最も冒しがたく明確な境界というのは、「生」と「死」の境界であろう。「生きている」ことと「死んでいる」こと、あるいは「生物」と「無生物」。その間には相互の往来が不能な絶対的な境界があると、思われがちである。しかし、結論から言えば「生物」と「無生物」の境界は、一般に思われているよりはるかに曖昧なものだ。その曖昧さを生み出している存在の一つが、本稿の主役、ウイルスである。
昨年『ウイルスは生きている』(講談社現代新書)というタイトルの本を上梓させて頂いたが、このタイトルに対する反応には、正反対の二つのものがあった。一つは「ウイルスが生きてるって、当たり前じゃないの?」というものであり、もう一つは「こりゃまた、ずいぶんと挑戦的なタイトルですね」というものである。典型的には、前者は一般の読者から、後者は生物学に知識がある人からの反応である。
「ウイルスが生きている」のは、当たり前という感覚は、やはりウイルスが私たちに病気をもたらす存在であるからだろう。ウイルスは、インフルエンザやエイズに代表されるような様々な感染症を引き起こす存在であり、コレラ菌とかペスト菌とかと同じような微生物の一種と思われがちである。「生きてもいないものが、どうして感染症を引き起こすのか?」というのは、自然な感覚である。
一方、「“ウイルスは生きている”とは、挑戦的な」というのは、生物学の世界では一般にウイルスは「非生物」と扱われており、その常識に反しているからである。「ウイルスは生物ではない」と書かれている教科書で生物学を学んだ人も多いはずだ。
さて、一体、ウイルスは生物なのか、非生物なのか?その本題に入る前に、まずウイルスとはどんなものか、簡単に紹介したい。ウイルスが、生物学で生物とされない最大の理由は、「細胞」という構造を持たないからである。
細胞は、元々「小部屋」を意味する言葉に語源があるが、細胞膜という薄い膜に囲まれた構造をしている。生物は、その膜による囲いの中に「自分の部屋」のような空間を作り出し、生存に必要なエネルギーの産生、物質の代謝や遺伝子の複製といった様々な化学反応に適した環境を作り出している。また、細胞は一般的に増殖の単位でもあり、この細胞が分裂することで、自分の子孫(コピー)を生み出す。このように細胞という構造は、増殖や代謝といった生物の基本的な性質を支える非常に重要な役割を果たしている。
一方のウイルスであるが、大掴みで言えば、ウイルスはその細胞から遺伝子が飛び出し、キャプシド(注1)というタンパク質からなる殻を被って、一人で放浪しているような存在である(図1)。キャプシドタンパク質も遺伝子である核酸も比較的単純な物質であり、高度に純化すれば、ウイルスは鉱物のように結晶化してしまう。
(注1)「キャプシド」
ウイルス核酸を包む殻のこと。複数のキャプソメアと呼ばれるたんぱく質の集合体で出来ている構造である。ウイルスの種類によって、キャプシドの形は変わる。
ウイルスのゲノム核酸を包むキャプシドは、構成要素であるキャプソメアタンパク質が多数集まって構成されている。
また、ウイルスは自分の部屋を持っていない。だから一人ではエネルギーの生産も代謝もできず、どこかに居候させてもらえないと生きていけない。まるで「家なき子」のような存在である。このようなウイルスは、普通に考えると、教科書が教えるように、一人前の生物だとは思えない。「ウイルスは非生物」という生物学の常識は、このように確かに根拠のあるものである。
しかし21世紀になり、その生物学の常識が大きく揺らぎ始めている。その揺らぎは、異なった二つの方向からの発見が震源となった。一つは、他人の部屋に「犬小屋」のような部屋を持ち込んでいる生物が見つかったことである。これらは主に昆虫で発見された共生細菌のグループだ。生物が「部屋」を単位にしているという原則は良いとしても、部屋と呼ぶからには、ベットがあったり、空調機があったり、ワンルームマンションのように台所があったりと、普通に生活できる設備を整えていて然るべきだが、これらの共生細菌は他人の部屋の中に、小さな自分の部屋を持ち込み「母屋に台所があるなら、うちのは要らないよね」とばかりにどんどん自分の家財道具を処分して、現在では犬小屋のような部屋に住んでいる。
例えばカルソネラ・ルディアイというキジラミ(注2)の細胞内に共生している細菌では、独立して生きていた時には4,000個程度の遺伝子を持っていたと考えられているが、現在ではわずか182個の遺伝子しか持っていない。基本的な環境は母屋の方で整えてくれるので、自分の小屋には冷暖房も要らないし、食事も母屋から出してもらえるので台所も要らない。着る服まで借りるといった有様である(注3)。そんな彼らは、当然もう母屋から出て自力で外で生きていくことは出来ない。完全無欠の引きこもり、ニート状態である。では、そんな「ニート」と「家なき子」と、一体何が違うのか?お互い遺伝子は持っているが、母屋に頼りきりで居候しているのは一緒ではないか?犬小屋持ってることが、そんなに偉いのか?という疑問が出てくるのは当然である。
(注2)「キジラミ」
アブラムシ(アリマキ)に近縁の半翅目キジラミ科昆虫の総称。体長1~4mmほどの微小昆虫であり、幼虫は植物から吸汁して成長する。
(注3)カルソネラは、生命活動に必須と思われる非常に多くの代謝系の遺伝子セットの一部、または全部を失っている。代表的なものだけでも、遺伝子の複製、転写、翻訳などに関与する遺伝子、また細胞膜の合成酵素やエネルギー生産に必要なTCA回路の遺伝子等、多岐にわたるものが挙げられる。これらはすべて宿主の遺伝子あるいは代謝系を借りることで生存していると考えられている。




彗星

ウイルスとは何か3~生物と非生物の境界~

『生物と非生物の境界、ウイルスとは何か 中屋敷均 / 分子生物学(リンク』から転載します。
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この違いは、例えば、こんなことを考えると分かり易い。ある男性が交通事故で亡くなったとして、その男性からすぐに精子を取り出し冷凍すれば、多くの場合、その精子には受精能力が残っている。つまりその精子を使って人工授精をすれば、亡くなった後でも、その人の子供が生まれてくるのだ。微生物であれば、自己のDNA情報を後代に引き渡す能力が残っていれば、それは「生きている」と判断されるし、実際細胞としての精子はまぎれもなく「生きて」いる。しかし、だからと言って、亡くなった男性がまだ生きているとは誰も思わない。それは「ヒト」としては生きているが、「人」としては亡くなっているとでも形容されるべき奇妙な状態である。
この物質であるDNAに依存して成り立っている「ヒトとしての生」と、目には見えない脳情報による「人としての生」の間にある断層が、人間と物質との間に境界線を生んでいる。我々は、「われ思う故に、我あり」であるが、その「思う」という行為がどう物質とつながっているのか、実感を持てていない。人間にとってより重要なのは「人としての生」であり、それが物質であることから、少し離れた所にあるのだ。鉱物のように結晶化するウイルスを生物と考えることへの違和感は、そこに根源があるのではないだろうか?
しかし、40億年とも言われる長い生命の歴史を鑑みれば、脳情報による「生」とは、DNA情報による「生」の上に二次的に派生した、恐らく一部の生物のみが持つものであろう。すべての生物に共通する「生」は、DNA情報に基づいたものであり、その意味ではこれまで述べてきたように、我々とウイルスはつながっているのだ。本稿のテーマである「生物と非生物の境界」とは、いろんな意味で、結局、我々人間の脳が作り上げたものに過ぎないのかも知れない。まぁ、それを言っちゃお終いよ、という気がしないでもないが。



彗星

ウイルスとは何か2~生物と非生物の境界~

『生物と非生物の境界、ウイルスとは何か 中屋敷均 / 分子生物学(リンク』から転載します。
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そしてもう一つ、その境界を揺るがす激震だったのが、巨大ウイルスの発見である。「ウイルスは遺伝子が細胞から飛び出したような存在」と上述したが、それはそれまで知られていたウイルスの大多数が、生物と比べると非常に単純な姿・形をしており、遺伝子も数個から十個程度で構成されていたからである。
しかし、2003年に報告されたミミウイルスを筆頭とする巨大ウイルス達では、保有遺伝子の数がなんと4桁の大台を突破し、最大2,500個ほどに達した(図2)。先ほど述べたカルソネラの遺伝子数が182個であるから、完全に「生物」と「非生物」の立場が逆転しているように見える。部屋はなくとも、御車にでも乗ってるような豪華さである。「なんで、犬小屋のお前が生物やねん」という巨大ウイルスの嘆きも分かって頂けると思う。
この二つの発見は「ウイルスは生物か非生物か?」という問いを再燃させた。大雑把に状況をまとめると、ウイルスの方は遺伝子が1個から2,500個ほど持つものまで、徐々に複雑になっており、細胞を持つ「生物」の方も、三万個ほど遺伝子を持つ真核高等生物から、最低150個ほどしか遺伝子を持たない共生細菌まで、やはり様々な段階のものが存在している。遺伝子の数やゲノムの大きさで考える限り、この二つの集団は完全にオーバーラップしており、はっきりとした境界はつけようがない。
細胞構造を持たないという理由で、ウイルスを生物に含めない、と定義づけすることは可能である。しかし、では、ウイルスとは何なのか?と問われれば、答えに窮する。ウイルスは、我々に病気を起こす病原体というだけでなく、そこらにいる細菌とさほど変わらない数の遺伝子を持つようになるまで複雑化し、進化する存在だったのである。それを「単なる物質」と見なすことは、もう難しいと言わざるを得ない。
少し話は変わるが、この問題を考えるために、生命の起源に関する二つの仮説を紹介したい。それは「レプリケーター起源説」と「代謝起源説」である。「レプリケーター起源説」は、複製が可能な構造を持つ原始的な化合物(レプリケーター、複製子)が、生命の起源になったという説である。一方、「代謝起源説」は、生命のような定常状態(平衡)を保っている系は、必ずエネルギーを外部から取り入れ、エントロピーを捨てる仕組みが必要であり、それを可能とする化合物のネットワーク、つまり代謝系が先に出来たとする説である。ざっくりと単純化して言えば、「遺伝子が先か、細胞が先か」と言い換えることができる議論だ。現在の生物は、細胞と遺伝子の両方を持っているが、その遺伝子と細胞と、そのどちらが生物にとって本質的なものかという命題でもある。
私は「レプリケーター起源説」の立場を取っている。何故なら、遺伝子の変化が細胞の状態を変えることはあっても、細胞の状態が遺伝子配列を変えるような仕組みは知られていないからである。もし、化合物の自己組織化のようなことで細胞が先にできて、生物へと進化したのなら、その細胞の状態を作り出せるように遺伝情報が後から出来てくるという仕組みがなければ、生物へとつながる論理的な説明はできない。また、遺伝物質を持たない原始細胞には自己複製や進化をするための物質的な基盤がなく、そんなものが生物へ進化するというのなら、それは「生気論」(注4)への逆戻りではないだろうか。
(注4)「生気論」
生命には、機械論的に説明しえない「生気」を持つとする仮説。アニミズムのような古くからある考え方に起源があり科学史的には重要な説である。しかし、現在の生物学では物理化学的な法則に則った機械論に基づいて体系が構築されており、認められていない。
自らの細胞を持たない、現代に生きるレプリケーターとも言えるウイルスが「外部環境」を利用して、れっきとした生物である細菌と同じくらい複雑な存在へと進化している事実は、そういった意味でも示唆的である。レプリケーターには、そのサイクルを回す環境があれば、それを利用して発展・展開する可能性があるが、レプリケーターなしに生物のような複製や進化をしている存在は、これまで見つかっていない。その意味で、生物を生物足らしめている特徴は、根源的にはレプリケーターに依存していると言ってよいのではないかと思っている。
原始的なレプリケーターはただの物質と考えられており、そうであるなら我々「生物」は、「物質」と呼ばれているものまで切れ目なくつながっている存在ということになる。また、もし「生命」が単純な化合物から進化してきたとする「化学進化説」をとるなら、実は「リプリケーター起源説」であれ、「代謝起源説」あれ、それは必然的な論理的帰結でもある。ウイルスは、現在でもその生物と物質のはざまに存在しており、それらを橋渡ししているかのようである。
ただ、物質と生物が一つながりであると言う時、どこか感覚的な違和感があるのもまた事実である。この違和感の正体は何なのだろう?
そこには人間が持つ二つの「生」という問題があるのではないかと思う。形を変えて古くから繰り返し指摘されていることではあるが、人間は少し異なる二つの「生」を生きている。一つはDNA情報からなる生物「ヒト」としての「生」であり、もう一つは脳情報からなる人格を有した「人」としての「生」である。





彗星

水の不思議

私たちの身近にある水。実は特殊な物質だった。
◇沸点、融点が以上に高い
炭素族では分子量の増加とともに、ほぼ比例して沸点も融点も高くなる。
酸素族では水だけが例外。炭素族の様にふるまうならば、水の沸点はマイナス80℃、氷の融点はマイナス110℃になるはず。
実際は沸点が100℃で融点が0℃と非常に高い。
沸点の高さは分子間力で決まる。水は分子間力が非常に強い。例外的な物質。
◇水分子に働く2つの力
水分子には4個の電荷が存在。2つは正の電荷、2つは負の電荷。
4個の電荷が対極の位置に存在するため、棒磁石をと同じ様なふるまいをする=双極子能率を持つ。
双極子能率はイオンと相互作用する場合に大切な働きをする。
次に水分子同士は水素結合によって作用しあう。水素結合は方向性を持った力であり、それぞれが一直線上に並んだ時が最も強い結合力を発揮する。
水の沸点が高いのは、特にこの水素結合が重要
◇水は18種類存在
水にはH20だけでなく、他にも色々な水が存在する。水素の中に重水素や三重水素が、酸素の中にも16O、17O、18Oの三種類の同位体が存在。
これらを組み合わせると18種類の水が存在する。
どんな場所の水も同位体の割合は
2H:1H=1:69000 17O:18O:16O=1:5:2500
と決まっている。
◇水の寿命は非常に短い
水の構造は絶えず変化しており、ある瞬間の水の構造が保たれているのは、10-12(マイナス12乗)秒程度の寿命しかない。
これは水が静止していても、流れている状態でも本質的に変わらず、水素結合が絶えず切れたり、新たにできたりしながら、構造の生成消滅を繰り返している。
◇モノを溶かす特殊能力
水はモノを溶かす能力の極めて大きな液体。そしてこの能力はある一つの物質が溶けると他の物質をもっとよく溶かすようになるという特別な能力。
例えば、空気中には、燃焼その他の原因でたえず炭酸ガスが放出されている。この炭酸ガスが水に溶けると、水は酸性になり、さらに多くの物質を溶かす能力を持つことになる。
水には岩石や金属、ガラスも溶ける。例えば海水には60種類以上の元素が溶けている。
地球上に存在するほとんど全ての元素は水に溶けている。
溶け方は2種類。
水酸基のように水になじみやすい基は、水に溶けると、水分子と入れ替わって、水分子が占めていた場所に入りこむ事が出来る。
また、水分子はすきまの多い物質なので、水になじみにくい物質はその隙間に入り込み安定する=溶ける。
◇炭化水素を水に溶かすとエントロピーが減少する
メタンやエタンなどの炭化水素=疎水性分子はわずかではあるが水に溶ける。
これらの炭化水素が水に溶ける時に、数キロカロリーの熱を発生する=エネルギーを放出する。
アルコールが水に溶ける時など、水素結合が出来る場合も発熱はするが、炭化水素は水素結合しない。
炭化水素分子のまわりの水のエントロピーは、純粋中の水のエントロピーに比べて小さい=秩序だっているという事。
この状態の水分子を疎水性水和と呼ぶ。
◇タンパク質は水分子に溶けることで立体構造をとる
タンパク質を構成するアミノ酸の中には、疎水性の側鎖を持っているものがある。
疎水基のまわりの水分子は純水よりもエントロピーの低い状態にあるため、疎水面が少なる様に疎水基同士が集合する。
この疎水基同士が集まった状態がタンパク質の立体構造。
◇タンパク質は3重の水に取り囲まれている
A層はタンパク質にくっついている水分子で、その回転運動の速さは10-6秒。
B層は、第一層の外側にある水で、10-9秒くらいの速さで回転運動を行っている。
C槽は、純粋状態の水。
B層の厚さは、温度、圧力等条件によって変化する。
C層に比べると、A層は100万分の1、B層も1000分の1も熱運動が小さくなっており、その並び方も純水とは異なる。
A,B層の融点は、それぞれ-80℃、-10℃と純水=C層の0℃より低く、ゆっくり運動している為、電解質が溶けにくい。
つまり、タンパク質まわりの水は、温度や変性を起こす物質に対して保護作用を持っているということ。
参考:水とはなにか




大森久蔵 

2019年1月17日 (木)

男はいずれ、いなくなる!? Y染色体の危機と単為生殖という可能性

男はいずれ、いなくなる!? Y染色体の危機と単為生殖という可能性 リンクからの転載です。
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じつは「遺伝子できちんとオス・メスを決め、両者がそろって初めて子孫をつくる」というのは、私たちほ乳類が独自に獲得した方法だ。ほかの生物はメスだけで子孫を残せる仕組みを持っている。哺乳類以外の魚類(例えばギンブナ)や鳥類(例えば七面鳥)などでは、メスの遺伝子だけで個体発生がおこる単為生殖(virgin birth)が見られる。ノコギリエイの1種で、絶滅が危惧されているスモールトゥース・ソーフィッシュには、雌が雄と交わることなく子どもを産む「処女懐胎」のような能力があることがわかった。大概の脊椎動物は、オスとメスの有性生殖で子を作るが、飼育下のヘビ、コモドオオトカゲ、鳥、サメのメスに限って単為生殖が確認されている。
単為生殖ができる性はメスに限られていることからもわかるように、生物の基本はメスである。生命が現れてからさらに10億年、この間生物の性は単一で、すべてがメスでした。メスたちは、オスの手を借りることなく、子どもを作ることができたのです。
無性生殖は、同じ遺伝子を複製し続けるだけだから、変異は生じないと考えられがちであるが、実際には、突然変異その他の理由で、個体間に差異が生じる。環境への適応という点でも、多倍体の有性生殖よりも一倍体の無性生殖のほうが効率的である。
オスが存在することに対して考えうる説明のひとつが、「メスの好意を得ようとオス同士が争うことで、オスが種の遺伝子プールを改善する」というものだ。それによって、自分たちの新しい世代を、環境の変化やネガティヴな遺伝的変異の影響に対して対応できるようにするわけだ。
ヒトの性染色体は、およそ2~3億年前に男女共通の1対の染色体から誕生したと考えられています。このうちY染色体となったものは、進化の過程で遺伝子の消失が進んでいることが明らかになっています。それはつまり、「男が生まれなくなる未来」が訪れる可能性を暗示しているわけです。じつは男をつくるY染色体は滅びつつあるのだ。専門家は「数百万年以内には消滅する」という。なかには、来週になって消えても不思議ではないとする意見さえある。
2004年、河野友宏博士率いる日本のチームが世界初の二母性哺乳類を誕生させました。二つの卵子を使用して一つの胚を作成することによって、一匹のマウスを誕生させることに成功し、そのマウスはかぐやと名づけられました。男がいなくなったら子どもが産めなくなるんじゃないの?」と思われるかもしれませんが、現に男性の不妊治療の一環として、その人の皮膚細胞から精子を分化させる実験も行われているんです。つまり精子そのものがなくても子どもはつくれるだろうということ。女性の細胞から分化させられるかどうかはまだ研究段階なのですが、受精すら女性が男性の存在なしにセルフで完結できるようになる可能性が高いわけです。
Y染色体が男性のみに1本単独で存在するため、突然変異などで遺伝情報を失い、形態的にも小型化する傾向にあるのはヒトも例外ではないが、Y染色体自体を失っても雌雄の性別が保たれている種も存在しており、Y染色体の消失が即ち性別や種の存続に関わるかは別の問題である。
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匿名希望

2019年1月16日 (水)

何も摂取せずに岩から放出されるエネルギーのみを取り入れて生きている生物が発見される

これまで知られていなかった生物が発見された。彼らは何も摂取せずに岩から放出されるエネルギーのみを取り入れて生きている。これだけでも驚きだが、なんとその生物たちは、地下2500メートルの地底深くに独自の生物圏=生態系を構築し生息しているのだという。まさにそれらは不食の生物であり、エネルギーと生命の本質に最も近い生き物なのかもしれない。
リンク
■地下2500メートルに生命の森
海底をおよそ2500メートル掘り下げた地下に、数十万年から数百万年にもわたって存在してきた可能性のある微生物を含む、広大な「生命体の森」が存在するという発見が米ワシントンで開かれた米国地球物理学連合(American Geophysical Union)の会議で発表された。
地底の極端な温度や気圧にもかかわらず豊富に存在するこの生命体は、これまで存在が知られてこなかった。何も摂取せずに岩から放出されるエネルギーのみを取り入れて生きており、動きは遅く、まるでゾンビのような状態で存在しているという。
 2009年に地球内部の秘密を探るために専門家数百人が集まって結成された国際共同研究機関「深部炭素観測(ディープ・カーボン・オブザーバトリー、Deep Carbon Observatory、DCO)」が、過去10年に及ぶ研究の最新結果を発表した。
 DCOによると、地球上の生物のうち、細胞核を持たない単細胞の有機体であるバクテリア(細菌)やアーキア(古細菌)のおよそ70%が地下に存在する。そうした「深部地下生物(ディープライフ)」は炭素重量換算で150億~230億トンに相当するという。
 米オレゴン州立大学(Oregon State University)で宇宙生物学と海洋学を教えるリック・コルウェル(Rick Colwell)氏は「地球の深部地下生物圏は巨大だ」と述べ、これまでに発見された生命体は「非常に素晴らしい、極限の生態系」だと表現した。
 発見された単細胞有機体の一つは、海底の熱水噴出孔の中で見つかったもので、121度の環境でも増殖が可能な超好熱菌「Strain 121」(学名:Geogemma barossii)の可能性があるという。
 コルウェル氏は「地底の奥深くには少なくとも地表と同等か、ともすればそれを超えるかもしれない遺伝的に多様な生命体が存在しており、われわれはその多くについてまだ解明できていない」と語った。
■地表生物とは明確に異なる
 地下深部で生きる同様の奇妙な微生物は、火星など他の惑星の地底にも存在する可能性があるという。
 日本の海洋研究開発機構(Japan Agency for Marine-Earth Science and Technology、JAMSTEC)の稲垣史生(Fumio Inagaki)氏によると、大半の深部地下生物は地表の生物とは明確に異なるという。
 JAMSTECの地球深部探査船「ちきゅう(Chikyu)」を使って海底深部まで掘削し、採取された試料は、科学者らに深部地下生物に関する詳細な観察をもたらした。稲垣氏はAFPに対し、「これらの微生物は非常に長い間、ただそこに存在していた」と述べた。
 こうした古代の炭層から採取され、研究室へ持ち帰られた微生物や細菌にグルコースを与えると、一部は目覚めたという。
 科学者らは深度5000メートルを超える地下でも生命体を発見しており、稲垣氏によると生命体の限界となる境界の在りかはまだ突き止められていないという。【翻訳編集】 AFPBB News




 
Bannister

2019年1月15日 (火)

地下5kmに生物が!地下世界に地表とは別の「巨大な生物圏」を発見

地下深くの「とても生物なんて生息できない」と考えられる環境に巨大生物圏見つかった、とういう記事を紹介します。生物の適応力の高さには驚くばかりですが、この新しい生態圏の生物については、分かっていないことばかりのようです。
例えば、地下深くの生物が生きるためにのエネルギーの候補として、メタン、水素、自然放射線などがあげられますが、どれが最も重要なの分かっていいません。しかし、光が届かない地下深くに「巨大な生態圏」が存在するということは、生物の起源は、海底の地下深くだったっことを示しているのかも知れません。
以下、『地下5kmに生物が!地下世界に地表とは別の「巨大な生物圏」を発見』リンクより連載します。
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地球の地下深くには、「ゾンビ状態」で生きている細菌等による様々な形態の生物がおり、その総炭素量は全人類を遥かに上回って245から385倍いることが、10年以上に渡る研究で分かりました。
国際的な科学者コミュニティーである深層炭素観測所(Deep Carbon Observatory)が、今週ワシントンで開催されたアメリカ地球物理学連合の年会で、地下生物の存在を発表。極度の圧力や高温、栄養の不足する地下深くで見つかった生物種や、その生息量が明らかにされました。
彼らは、海底から更に2.5km掘り進んだ地点から、鉱山などでボーリングされた深度5kmまで調査して見つかった生物サンプルから、地底に存在する生態系モデルを作成。調査地点は数百に及びました。その結果から予測されるのは、地下深くの生物圏が20億から23億立方kmで、構成する生物の総炭素量は150億から230億トンあるということです。
この研究成果は、地球外生命体の生息可能領域の予測にも役立つと考えられています。
発表の要点は以下のとおりです。
・地下深くの生態系は「地下のガラパゴス」とでも言うべきものだが、主だった生物分類である細菌、古細菌、真核生物が全て含まれる。
・地下深くでは細菌と古細菌がほとんどすべてをしめているが、未だに発見されていないものが何百万種も含まれている。全地球上の細菌や古細菌の70%は地下深くに住むという見積もりもある。
・地下の微生物は対応する地表の微生物とは大きく異なっており、ライフサイクルが地質学的年代に匹敵するほど長いものや、岩石が放射するエネルギーで生きるものがいる。
・遺伝的多様性も、地表に匹敵あるいは超えている。
・地下の微生物コミュニティーは、環境に応じて大きく異なっているが、属や更に上の分類群は全体に行き渡っており、全地球規模で広がっている。
・微生物コミュニティーの豊富さは堆積年代に応じている。年代が古くなると栄養分が減るので、生物群も減少する。
・温度や圧力、エネルギー利用限界などの上限はまだ決まらない。記録が次々に更新されるという状況である。例えば、最も高い温度で生息できる単細胞生物は熱水噴出孔に住んでおり、121℃の環境下でも成長・繁殖できる。
・生物が見つかった最深の地点は、地上の穴では5km、海底の穴だと水深で10.5kmであった。
・人の手の加わった地下に住む生物への影響がより明らかになった。
これほど多量の生物が地下で見つかったことから、今までの系統樹を見直す必要も出てくると思われます。また、地上の動物と地下の動物が影響しあって進化した可能性もありますが、まだ何も分かっていません。
この新しい生態圏の生物については多くの難問が浮かび上がってきています。まず、どのように広がったかです。地面の隙間から地下へと降りていったのでしょうか?それとも地下から地上に向かったのでしょうか?サンプルが取られた南アフリカからワシントンまで、似通った生物が見つかっています。プレートに乗って広まったのか、微生物の集団ごとひろまったのか?全くわかりません。
次に、その起源です。生物は地下深くで生まれ、地表にあらわれたのか、それとも、地表の水たまりで生まれて地下へと移動したのか。
そのエネルギー源も然りで、地下深くの生物が生きるためにどのようなエネルギーを利用しているのか、また、メタン、水素、自然放射線などがその候補としてあげられますが、どれが最も重要なのか、疑問は尽きません。
地下深くの、「とても生物なんて生息できない」と考えられる環境で見つかった巨大生物圏。生物の適応力の高さには驚くばかりです。もしかしたら生物の起源は地下深くだった可能性も考えられますし、これほどの生命力があれば隕石に乗って他の惑星へと広まることも可能に思えます。地球外生命体の可能性をも高めるこの大発見。今後の展開が楽しみです。




斎藤幸雄

シロアリは病原菌スピロヘータと共生して木材を消化している

シロアリは、腸内の共生原生生物の有無によって、下等シロアリ(原生生物有り)と高等シロアリに分かれる。腸内に原生生物を持たない高等シロアリは、人間にとって病原菌として知られているスピロヘータが腸内で消化酵素キシナラーゼを生産し、木質成分の分解に関与していることが明らかになった。
人間の腸内でも、キシラナーゼを生産する細菌群が共生しているが、スピロヘータとは異なっており、同じ消化酵素を必要とする場合でも、種に応じた異なる共生戦略によって適応を図っていることがうかがえる。
◇病原菌スピロヘータが木材消化の有用微生物だったリンク
<つくばサイエンスニュース>より
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 琉球大学熱帯生物圏研究センターの徳田岳教授と(国)農業・食品産業技術総合研究機構の渡辺裕文主席研究員らの研究グループは11月22日、人間の病原細菌として知られるスピロヘータがシロアリの腸内で消化酵素キシラナーゼを作り、木材の主成分であるキシランの分解に主要な役割を果たしていることを初めて明らかにしたと発表した。キシランに含まれるキシロースは糖の吸収を抑えるサプリメントとしての活用が進んでおり、またキシロースから得られるキシリトールは低カロリー甘味料やバイオプラスチックへの応用なども期待されている。
 シロアリは熱帯、亜熱帯を中心に約3,000種類が知られている。国内の温帯域に分布する「下等」なシロアリの腸内に共生する原生生物が、木材を分解することは知られていた。ところが熱帯域を中心に分布する「高等シロアリ」と呼ばれるシロアリは腸内に原生生物を持たないため、ヘミセルロースを分解する仕組みが不明だった。
 研究グループは沖縄県八重山諸島に分布する高等シロアリの一種、タカサゴシロアリを使ってキシランの分解メカニズムを調査した。
 シロアリの消化管のうち細菌は主に後腸に共生していた。シロアリはまず大きな顎で樹木を噛み砕き、前腸に運んで破砕(はさい)し、さらに中腸ではセルラーゼで部分的に分解し、そのあと後腸に運ぶ。
 一方、樹木の構造は人間に例えると、”骨格”のセルロース、”筋肉”に相当するリグニンと、その間を連結(架橋)する多糖類のヘミセルロースで構成されている。高等シロアリによって噛み砕かれ、腸内に運ばれた木材のヘミセルロースがどのように分解されるのかは、世界的にも研究がなされてなく、未解明だった。
 研究グループによると、ヘミセルロースの主要成分のキシランを分解する能力は後腸ではセルロースより強力だった。木材に付着したバクテリアを取り出し、次世代DNAシーケンサーで網羅的に解析をしたところ、特定の種類のキシラナーゼ遺伝子群が最も多いことなどを確かめた。
 またキシラナーゼ遺伝子を大腸菌に組み込んで調べると、キシランの分解力が強いことが確かめられた。こうしたことから高等シロアリの腸内では、木材の分解を担う原生生物が失われた代わりに、スピロヘータが分解に関与するようになったとみている。
 人間や草食動物の腸内にもキシラナーゼを生産する細菌群が共生しているが、これらはスピロヘータとは全く異なる細菌である。
 脊椎動物と昆虫という系統的に大きく離れた動物の腸内で、共通の機能を持つ細菌が、独立に進化していることを意味するもので、細菌の進化や共生の仕組みを理解する上で重要な知見となった。またキシロースの産業化への展開にも大きく役立つとみている。
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稲依小石丸

2019年1月13日 (日)

胎児、進化の旅は5億年、1日は160万年以上のスパンに相当する

ameba リンクより引用
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哺乳類の中でも、霊長類に属する人間の赤ちゃんは、どのような特徴をもつのだろうか?これが正しい伝承が途絶えて、忘れられた育児学の鍵となる。
“人間以前の段階”にあるのが“人間の赤ちゃん”である。
このことをよく理解しないと、進化学や動物学を知らない医師たちのように、とんでもない育て方を指導しかねないのである。
では赤ちゃんが、どのように「人間以前」なのか、それをお話しする前に、胎児とはどのような存在であるかを、進化学と発生学の観点から、もう一度おさらいしてみよう。
●10カ月で5億年の進化をたどる
精子と卵子が出会って、受精卵の姿から、脊椎動物の始祖として海の中で“生”をうけた原始魚類、陸に上がった古代魚、そして鰓呼吸から肺呼吸へと移った両生類、陸の王者として一時代を築いた爬虫類、現在の地球上を支配する哺乳類……という具合に、その“姿”をつぎつぎと変えながら、胎児は大きくなってゆくのである。
つまり、5億年におよぶ生命進化の過程で、みずから形成してきた「形」を、もう一度再現しながら、現時点での進化の到達点である「人間の形」へと変容して行く……これが胎児である。
形態学では、この変容(変身)のことをメタモルフォーゼというが、これこそ、生命のもつきわめて厳粛な出来事であり、5億年にわたる壮大なスケールの“下敷き”があって、はじめて演じられる“進化の歴史”そのものである。
この地球上に、初めて生命が誕生したのが、今から30億年前だといわれている。約30億年前の先カンブリア紀、原始のスープとよばれる海に、単細胞の微生物が誕生した。やがてこれが多細胞の生物へと変身するが、カンブリア紀以降、生命は、5億年という長い長い進化の旅を始めることになる。
逆からいえば、30億年以上かけて、現代の私たちの姿形へとなっていった。そしてそのプロセスを、胎児は、母親のお腹の中で再現させているのである。
単細胞の生命から始まって、心臓が動き出し、受精後30日ぐらいから魚類になり、両生類になり、手が生まれ、爬虫類になり、哺乳類になり、やがて刻々と人間(ヒト)になっていく。
初期の胎児は、稚魚のような形だが、これは古代の宝飾品である“勾玉”のようでもある。よく知られている勾玉の形(受精卵が割卵<=分裂>して、桑実胚・原腸胚・神経胚・咽頭胚(鰓腸胚)になる。
咽頭胚の段階になる以前が、タツノオトシゴのような形をしたものだ。この形は、“神経胚”の後期に相当し、この時期の勾玉がいわゆる“子持ち勾玉”である。
ドイツの学者であるヘッケルは5億年の歴史の再現を「個体発生は系統発生を繰り返す」という言葉で、これはカプート(頭)が繰り返すという意味のラテン語で「頭部が反復する説」、我が国の高祖皇宗は、この胎児の形が「生命と魂の象徴」であることを知っていたので、これを火打ち石で造り、皇位の継承の印とした。子持ち勾玉が神経胚のもので、丁字頭勾玉チョウジガシラマガタマが鰓腸胚(咽頭胚)のもので、臍の緒つきのものもある。
●悪阻ツワリとは何か
5億年にも及ぶ進化の長い歴史を、わずか300日の妊娠期間中に再現してみせる胎児だが、この再現スピードは驚くほど速い。妊娠期間の一日は、160万年以上の進化のスパンに相当する。生命の神秘はすさまじいほどだ。
妊娠中に、多くの妊婦さんが、“悪阻”をおぼえる。これも胎内の進化と大いに関係する。この悪阻が起きる妊娠初期のころとは、進化のステージでいえば、どの段階だろうか。それは約4億年前の地球の状態を考える必要がある。4億年前、地球の大変動で海が浅くなり、干上がりかけた陸地に取り残された数多くの古代魚が、陸地で干上がる危機に瀕した古代魚は“のたうち回って”空気中から酸素の呼吸を余儀なくされた。重力が水中の6倍になり、過酷な環境にあって、古代魚は“のたうち回って”空気中から鰓エラで呼吸をし続けるうち、血圧が上がり空気呼吸に対応できる肺ができた。こうして、鰓から肺へと呼吸が移っていき、これらの古代魚は、やがて陸上での生息に適応できるようになったのである。
これが古代魚の“上陸劇”である。ここから哺乳類型爬虫類と両生類・爬虫類・鳥類へと進むイクチオステガ(イクチオは魚という意味で、魚類型爬虫類のこと)の二つの流れが分かれる。
胎児は5億年の進化を再現するのだが、上陸劇は、人間の胎児ではいつ再現されるのか。それは妊娠初期の32日目から38日目の6日間である。
そしてちょうどこの時期から“悪阻”が起きるのである。
この時期の胎児は、かつて4億年前に、古代魚が上陸劇で味わった“のたうち回る”ような苦しみを、母親のお腹の中で再び体験しているのである。そして悪阻はちょうどこの時期から始まる。この時期が胎児の危機で、実際、息も絶え絶えの上陸劇がそっくり胎児において再現されるが、ヘタをすると死んだり、奇形が発生しやすい時期である。
つまり、母親のお腹の中で進化を再現しつつある胎児の、上陸劇における“追体験”を、母親も“悪阻”という形で共有しているものと思われる。なぜなら、水棲の生き物から、陸上の生き物への“変容”は容易なものではなく、多くの生命がこの段階で失われる。胎児も実際、息が絶え絶えになって上陸劇のときとそっくり同じように、胎児の身体もまた「免疫システム」「造血システム」「自律神経」「体壁筋肉系」がおおきく変化している。第二革命の重力と空気呼吸への対応で血管系の変化がもっとも顕著に起こる。鰓呼吸用の血管から肺呼吸用の血管へと、大きく変化するからである。
胎児の苦しみに、母親の身体が反応するのである。このとき、お腹の胎児は、はるか4億年前の進化のステップアップをしているのであり、これを乗り切ることで、一歩一歩人間へと近づいているのである。
(後略)




匿名希望

「すべての学校教育からダーウィンの進化論を排除せよ」という動きがイスラエルやトルコ、インドなど各国で迅速に進行中

進化論の絶対性が世界的に揺るぎ始めている。これはまぎれもない近代科学神話の崩壊の序章。進化論肯定派による進化論軽視潮流の分析はそれを如実に表わしている。
indeep より リンク
◆ダーウィンの進化論を学校教育から排除する動きは学問の後退を意味する
進化論は、根拠に基づく地球の生命に対しての唯一の説明だが、いくつかの国々では、その説に背を向け始めている。
最近、イスラエルとトルコの両国において、チャールズ・ダーウィンの進化論が学校のカリキュラムから消え去ったという驚くべき報告があった。トルコでは、進化論は高校生の理解を超えているとして進化論が高校の教育から消えた。イギリスで進化論は小学校から教えられている。
イスラエルでは、ほとんどの生徒が進化論を学んでいないと教師たちが主張している。イスラエル教育省は教師たちに対し、生物学では進化論ではないテーマに焦点を当てるように促しているという。
これに関しての驚くべきニュースは今年初めにもあった。インドの教育担当大臣が高等教育について発言した際に、「ダーウィンは科学的に間違っている」と主張したのだ。さらに大臣は、「人間は進化したサルではない」とも述べた。
そして、この大臣は、インドの高等教育カリキュラムから進化論を削除するように求めた。進化論は、ダーウィンによる自然科学への最大の貢献であるという事実がある中での、これらの最近の進化論への攻撃や嫌悪は興味深い。結局のところ、他の科学理論で、この進化論に対してと同じレベルに達するような異議や反感が出されるものは、少なくとも過去 150年では存在しない。
しかし、進化論を否定するということは、自然界の科学的理解を向上させる特別な意味と、さらには、自然界を将来的に最善に保護するための最善の方法を排除してしまうことでもあるのだ。ダーウィンの進化論は、すべての生物科学を支えるだけでなく、膨大な予測力を持っている。
抗生物質への耐性菌の出現を理解するためにも進化論は必要だし、地球温暖化に対応する方法にも、あるいは新たな害虫への対策や、持続可能な食糧源の探索のためなど、人類の繁栄は、進化論的な証拠によって決定されているといっていもいいのだ。
ロンドン自然史博物館には、27億年以上前の化石から 2018年に採取された標本までの 8000万以上の標本のコレクションがある。ここには世界各地から数千人の研究者たちが毎年アクセスする。
このコレクション群は、生命の形態と多様性の両方の変化を何百万年にもわたって測定できる重要な基盤のデータを提供しており、過去と現在の生命の幻想的な多様性と分子生物学の構成は、明確で具体的な進化の蓄積された証拠だ。しかし、それでも、今なお、進化論が疑問視されることがある。
宗教的な理由で反対される場合を除けば、進化論に対して嫌疑を持つ人たちは、進化論がもつ壮大な規模を想像できないのかもしれない。進化論を理解するためには、非常に長く深い時間の概念を受けいれなければならない。これはきわめて巨大なものだ。
ダーウィン自身はこう言っている: 「とてつもない長い年月のうちに、私たちには理解できない無限の世代がお互いに(進化に)成功したに違いないのだ!」。また、この進化論の「論」という言葉も部分的に非難されることがある。
すなわち、この進化論が、ダーウィンによる直感や推測であるかのような意味でとらえられることがあるからだ。つまり「すべては実質的な証拠がない」と説明されてしまうことがあるのだ。
しかし、19世紀後半に進化論が登場して以来、進化論への反証は数多く出ており、世界中の何万人もの科学者たちが様々な科学分野で厳密に検証してきたのだ。それによって、今では進化論は、反証することのできない科学的法則とみなされる。
各国で現在進んでいる、この進化論という重要な科学的概念を排除しようという暗黙の試みに私たちはどのように対応するべきだろうか?
私たち自身はもちろん科学のカリキュラムの中核として進化論を学校で教え続けなければならないことは当然だが、科学的な証拠と合理的な議論を守るためにも、私たちは、進化論を排除しようとしている国々に話しかける必要がある。
しかし、これらのこと以上に、私たち大人は、子どもたちの科学と自然多様性への好奇心に火をつけなければならない義務を持つ。子どもという存在は、驚異的な好奇心を持った存在だ。
私たちは、これからもダーウィンの遺産である進化論を擁護し続ける。進化論こそが、地球上の叙事詩的で素晴らしい多様性の証拠に基づく唯一の説明なのだ。
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ここまでです。
私、実は訳しながらちょっと笑ってしまっていまして、どうしてかというと、このロンドン自然史博物館の館長さんの科学への対しての熱意はとても伝わるのですが、その一言一言のあとに、館長さんは、
「だから、進化論は大事なのだ」
ということを言いたいのだと思いますが、私はこの館長さんの言葉のすべてに対して、その逆、つまり、「だから、進化論は全面的に排除されるべきだ」と考えながら訳していたので、笑ってしまったのです。
たとえば、
「私たち大人は、子どもたちの科学と自然多様性への好奇心に火をつけなければならない義務を持つのだ」
とおっしゃっていますが、私は心の中で、
「そうだ、子どもの好奇心に火をつけるためには、進化論は排除されるべきだ」
というように即座に反応しながら訳していて、結局ずっと笑いながら訳していました。最近こんなに長くニヤニヤできたのも久しぶりですので、まずは館長さんにお礼を申し上げたいと思います。




匿名希望

2019年1月 9日 (水)

脊椎動物は海にいた時代から歩けたか-古代魚ガンギエイに「歩く」神経回路を発見-

以下引用
(リンク)
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4億年前、最初に歩いた動物は、おそらく体にある小さな突起物をせっせと動かして前進したことだろう。このような運動は今も、過去1億年もの間ほとんど進化していないエイの仲間に見られる。
最新の研究で、ガンギエイの一種Leucoraja erinaceaは歩くために必要な、人間と同様の神経回路を持っていることが判明、2月8日付けの科学誌『Cell』に論文が発表された。
□背骨を揺らさず歩く
このガンギエイは、大きめの皿くらいの平たい体に、長い尾がついている。
ふつうの魚は、泳ぐ際に背骨(脊椎)をくねらせて前へ進むが、ガンギエイの脊椎はまっすぐ伸びている。この点は陸上動物に似ていて、陸の動物たちも脊椎でなく足の筋肉を使って歩行する。
米ニューヨーク大学医学部神経科学研究所のジェレミー・デイセン准教授は、歩行など運動行動の進化に長年興味を持ってきた。「YouTubeで、歩くガンギエイの動画を見かけたんです」。デイセン氏は、動画を見てすぐに、貴重な知見を与えてくれるだろうと直感したという。
歩行運動の観察と並行して、研究者は、ガンギエイの細胞のなかで歩行の指令を出しているのが何かを詳しく調べたいと思った。「受精した細胞からさまざまな器官ができてゆく過程は、いつ見ても興味深いです」と、デイセン氏は言う。
この研究所では、既にマウスの神経回路を試験したことがあり、ある特定の遺伝子を無力化することでマウスが歩けなくなったり、麻痺症状を示すことがわかっている。
ガンギエイを調べるに当たり、研究者はまずその運動ニューロンを抽出し、DNAを解析。さらに、孵化する前のガンギエイを観察した。人間もガンギエイも発生の初期段階である胚の時点で神経回路を発達させているからだ。すると、初めのうちガンギエイは脊椎を使って前進していたが、孵化する頃には脊椎が動かなくなり、ひれを使って前進するようになっていた。
□古代の魚にも歩く遺伝子構造
「マウスとガンギエイを比較してみると、マウスの歩行に必要なもの全てが、ガンギエイにも備わっていました」
ガンギエイも哺乳類も、同じ「遺伝子スイッチ」を持っていたことを、今回の研究は示している。つまり、ガンギエイに小さなひれを動かすよう指令を出している遺伝子が、人間のなかでは腕や足を動かすよう指令を出しているという。
この研究結果から、陸上を歩く動物の遺伝子構造は、まだ祖先が海の中にいた頃に発達したのではないかと、デイセン氏ら研究者は考えた。ここから、我々に共通する祖先についての理解がさらに深まるだろう。
歩行運動を司る基本的な遺伝子の研究は、いずれ医学への応用も期待できる。
デイセン氏は言う。「筋萎縮性側索硬化症や脊髄損傷など、損傷した回路をどう修復するかを研究する際、これらの回路がどのように形成されているかについて知っておくことが、重要になってくるのです」




穴瀬博一

2019年1月 8日 (火)

ヒトとは視覚を発達させ、嗅覚を退化させた「か弱きサル」である

進化とは、発達と退化を組合せながら進み続けること。
ただし、他の機能も未発達のまま存在し続けている。
人間は視覚に特化したが、他の機能をどれだけ刺激できるかによって発達度合も変わっていくのかもしれない。
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ヒトとは視覚を発達させ、嗅覚を退化させた「か弱きサル」である
リンク
◆は5億43百万年前に生まれた
ヒトは五感のうち、視覚にほとんどを頼っています。受け取る情報のおよそ80%が視覚を通してだともいわれます。その視覚を支える感覚器が「眼」です。単純な構造の単眼、それが寄せ集まった複眼(*1)、ピント調節を行えるレンズを備えたレンズ眼。色々な仕組みがありますが、対象のカタチを認識できるのは、複眼やレンズ眼に限られます。
そして、この地球上で最初にカタチを明確に認識できる「眼」を手に入れた生物は、三葉虫(さんようちゅう)でした。
英人生物学者のアンドリュー・パーカー(Andrew Parker、1967~)は、2003年、その永年の謎に「光スイッチ説」で答えました。
「カンブリア爆発は、視力(光)を得た三葉虫が引き起こした」と唱えたのです。「眼」という圧倒的な感覚器を備えた生命種の誕生が、すべてを変えたのだと彼は言いました。
 生き物の本質は、より多くより長く繁栄することです。その為にはより多く食べ(補食)、より少なく食べられる(回避、防御)こと。そしてもし、生活環境が変わればそれが「淘汰圧(とうたあつ)」となって、新しい環境に有利な生き物たちが、より多く繁栄することになります。
5億43百万年前、温暖化でも海洋汚染でも天体衝突でもなく、まさに三葉虫が他の全生物種に対してその最大の淘汰圧となりました。三葉虫に食べられぬよう、あるものは固い殻を持ち、あるものは素早く逃げ回るために骨と筋肉を持ちました。
外部環境変化でなく、生物間の「競争」環境が、生物全体に急激かつ大きな進化(カンブリア爆発)を促した。これがパーカーの「光スイッチ説」です。
◆鼻を発達させたサル、鼻を捨てたサル
それから3億年経って、時代は中生代。恐竜たちの全盛期のお話です。
この頃、われらの祖先である哺乳類は、恐竜に圧倒され、棲む「場所」を「夜」に求めていました。恐竜たちの眠る夜の世界でなら生きられると。そこで必要とされたのは嗅覚(*2)です。「鼻」を発達させ、嗅ぎ分けられる化学物質の種類を増やすことで、哺乳類はそれから1億年を夜行性動物として生き延びました。マウスの嗅覚受容体遺伝子数は1037もあります。恐竜の子孫と言われる鳥類の10倍以上です。
しかし、その貴重な嗅覚を捨てた哺乳類がいます。それが、ヒトです。ヒトはより強力な視覚を得、代わりに嗅覚を封印したのです。
哺乳類のほとんどはこの世を「二色」で見ているのに対し、ヒトやゴリラ、ヒヒといったサルたち(類人猿と旧世界ザル)は「三色」で見る三色視を獲得しました。これで得られる情報量は格段に上がったでしょう。しかし、何かを得るためには何かを捨てなくてはいけません。生物が、ある機能を創り出し、維持するには膨大なエネルギーを必要とするのです。
ヒトを始めとした昼行性のサルたちは、不要となった嗅覚受容体遺伝子を次々と眠らせていきました。ヒトでいえば元来802あった嗅覚受容体遺伝子のうち、414はもう機能していません。
◆か弱きサル、その名はヒト。何を捨てて何を得たのか?
「進化」の反意語は何でしょう? それは「退化」ではなく、「停滞」もしくは「絶滅」です。
では「退化」の反意語は?答えは「発達」。進化とは、発達と退化を組合せながら進み続けることに他なりません。
ヒトの進化を見ると、その「退化」ぶりが目につきます。近縁であるチンパンジーと比べても、身体的能力は著しく低いものです。上肢(腕)一本で体を支えることも出来ませんし、下肢(足)でモノを掴むことも出来ないし動きも遅いもの。
ヒトはその退化で生み出された余力をすべて「脳容量の拡大」に費やしたといえるかもしれません。ヒトの脳の大きさはチンパンジーの3倍以上、しかも大食いです。重さでは身体全体の2%しかない脳は、全身で費やされる酸素の20%、ブドウ糖の25%を使っているのです。
しかも大きくなりすぎたヒトの胎児の頭は、成熟してからでは母親の産道を通れず、実質的に未熟児のまま生まれてくることになりました。自立して歩けるようになるまでに1年もかかる未熟さです。世話する親もろとも天敵に狙われやすいという、巨大なリスクを背負うことにもなりました。
しかし大容量を確保した脳は、お蔭で他のサルには不可能な、抽象化や概念操作といった高次の処理を可能にしました。言語を発達させコミュニケーション能力も高めました。これこそヒトの絶対無二の武器でしょう。ヒトは他の機能や成熟出産を捨てることでこれを獲得したのです。
進化は、外部環境だけでなく内部競争によっても引き起こされます。「眼」を超えた、新しく強力な感覚器が世界の全てを変えるかもしれません。
同時に進化とは新しい機能を獲得することだけで起こるのではありません。生命40億年の進化の果てにいる我々は、実は様々な潜在能力(遺伝子)を持っています。そのうちのどれを発現させ、どれは眠らせておくのか、そういった整理整頓の組合せは億や兆を軽く超えるでしょう。
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匿名希望

2019年1月 5日 (土)

胎生と卵生の違いに見る生存戦略

コモチカナヘビというトカゲがいます。北海道に住むコモチカナヘビは、お腹の中で孵化させてある程度育ててから、仔として産まれてきます。ところが気温の少し高いスペイン南部に住むコモチカナヘビは卵生だそうです。
胎生だからどう、卵生だからどうと云う訳ではなく、外圧に対してどうする?という生命進化の中で生み出された適応スタイルです。
『Amaru.me-動物図鑑リンク』より引用します。
■□■引用開始■□■
■胎生と卵生
胎生は卵を産まずに直接赤ちゃんを産むイメージがありますが、実は胎生でも胎内で卵を形成しています。 胎内で形成した卵を卵の状態のまま出産するのが卵生、胎内で栄養を与えて育て孵化させてから出産するのが胎生です。
卵生と胎生の中間の卵胎生なんて形態もあります。 卵胎生は胎生のように体内で卵を孵化させてから出産するのですが、母体から栄養を与えている訳ではない=体内で卵を温めているだけなのが胎生との違いです。 卵生が胎生に進化する途上の形態なんて言われています。
ほとんどの哺乳類が胎生で、残りのほとんどの動物が卵生です。 卵胎生のサメやマムシ、哺乳類のくせに卵生のカモノハシ、昆虫のくせに胎生のアブラムシなど当てはまらない動物もいるにはいますが、ごくごく少数の例外的存在と言えます。
■胎生と卵生の戦略
胎生と卵生にはそれぞれメリットとデメリットがあります。 それぞれの生存戦略を一言で言えば、卵生は「多産多死」で胎生は「少産少死」です。 あくまで傾向ですので少数の卵しか産まない卵生動物や、多数の子を産む胎生動物もいますけどね。
卵生は未熟な卵の状態で母体から排出するので、母体への影響は少なく沢山産むことができます。 しかし卵の状態は赤子以上に無防備であるため、捕食者に食べられるなどで全ての卵が孵化までこぎつける訳ではありません。 また孵化できたとしても卵にある栄養で成長できるサイズに限定されて産まれることになり総じて未熟です。
対して胎生は母体にかかる負担が大きく、母親は臨月が近づくと普段通りに動けなくなる上に多くの栄養を必要とします。 またある程度成長した子を胎内に入れておくため、あまり多くの子を一度に産めません。 しかし子が最も弱い卵の時期に襲われることがなく、また母体の栄養で育つためある程度成長した状態で産むことができます。
さてそれでは卵生と胎生どちらがいいのかというと、その動物の強さが一つの指標になります。
「捕食者に見つかる=死」のような動物は胎生で悠長に育てていると母体が食べられて終わったり、せっかく成長させて出産しても危険度が大して変わらなかったりします。 これなら大量に卵を産んで数で勝負した方がいいですね。
強い動物であれば、成長や教育が生存率を高めることに繋がります。 ある程度大きくなれば生存率が飛躍的に高まるのに、生存率の低い卵で産むのは無駄ですよね。 卵を沢山産むことにエネルギーを使うよりも、少数の子どもでもきっちり育てられる胎生の方が向いています。
もっとも動物自身が卵生/胎生を選択できる訳ではないですけどね。 ある程度は淘汰で洗練されているものの、現状たまたまこうなっているだけという面も強いです。 ダチョウは胎生でもいいんじゃないかとか、ネズミは卵生の方が向いているんじゃないかとか考えてみるのも面白いかもしれません。
ちなみに子が成体となって繁殖まで辿りつけるのは、卵生・胎生・産む子の数に関係なく2匹前後と言われています。 2匹を上回れば個体数が増えますし、下回れば個体数は減りますからね。それほど数に変化がなければ2匹という訳です。
一回のお産で一子しか産まない霊長類も、一回の産卵で一億個もの卵を産むマンボウも、繁殖にこぎ着けるまで子が成長できるのは約二子です。 どちらが良いという訳ではなく、どちらも生命の進化の歴史の中で洗練されたスタイルなのです。




村田頼哉 

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