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2019年12月 2日 (月)

卵は、恐竜から受け継いだものだった(1)

 

「鶏が先か卵が先か」は、因果関係を論じるときの定番の命題である。たとえば、「食べ続けるから肥満になるのか、肥満だから食べないとやっていけないのか」は、どちらが正解なのか本当のところはよく分からない。単なる言葉遊びと捉える人も中にはいるが、私たちが日々やっていることには時として手段が目的化することもある。ときおり立ち止まって考えることは無意味ではない。

 ただし、鶏と卵の命題は、進化の観点からすれば結論は明確で、「卵が先」に決まっているのである。鶏の祖先のひとつは東南アジアに生息しているセキショクヤケイといわれている。セキショクヤケイもまた卵から産まれる。そして、数千年前、ヒトはセキショクヤケイを飼うようになり、現在の鶏へと品種改良していったと考えられている。つまり、初めに鶏がいたのでなく、徐々に鶏へと変わってゆくセキショクヤケイの、その卵が初めにあったのである。

 それでは、セキショクヤケイの祖先の卵はどうやってこの世界に生じたのだろうか。

〇胚を守る「膜」の存在が、陸上での産卵をもたらした

 話は約3億2000万年前の石炭紀にまでさかのぼる。

 両生類はすでに陸上へと進出していたものの、石炭紀になっても水辺から離れることがなかなかできなかったと考えられている。体表の乾燥への対応がまだ不十分だったという理由もあるが、「卵を陸上に産む」という冒険に踏み切れる種は多くなかったのである。

 石炭紀の両生類の個体発生の仕方については、分からないことのほうが多い。だが、おそらくは現在のカエルやイモリと同じように、水中で卵を産み、水中生活の幼生(オタマジャクシ)から徐々に変態し、陸上で活動できる成体になってゆくという流れが主流だったであろう。つまり、水辺のないところでは繁殖が難しいのである。

 そんな中、果敢にも陸上に卵を産むことを始めた脊椎動物が石炭紀後期に現れた。その名を「有羊膜類(ゆうようまくるい)」という。「羊膜のある動物」ということである。

 羊膜とは、発生途中の胚を乾燥する外界から守るための膜だ。陸上に本格的に進出するには、ガス交換を行いながら卵の中を乾かさないようにする構造が必要だったのである。

 両生類も脊椎動物ではあるが、その卵は水中に産卵されるので羊膜はなく、卵を水中から出せばみるみる乾燥してしまう。これでは、さすがに冒頭の命題の「卵」とするには無理があろう。

 一方、陸上に産み落とされた有羊膜類の卵は、まわりに水がないので、個体がある程度は陸上で自立して生きていけるだけの状態になってから孵化する必要がある。つまり、有羊膜類の卵は、一匹の個体を成長させるための装置や養分が内包されていなければならないため、大型化するのである。

 ただし、初期の有羊膜類の卵には、現在の鶏の卵のような硬い殻はまだなく、おそらくは湿った土中などに卵を産んだのかもしれない。しかし、曲がりなりにも卵の原型がおぼろげながらできてきたといえよう。

 そして、約2億8000万年前のペルム紀初期には爬虫類が登場し、ペルム紀末の大量絶滅をはさんで恐竜が大繁栄する中生代が始まる。化石などの証拠から、約2億5000万年前の中生代三畳紀には、恐竜の卵に硬い殻が備わっていたと考えられている。つまり、外見上はいまの卵とほぼ変わらないものができあがったということになる。

〇 雛を成長させるのだから、優れた食材にもなる

 ここで、あらためて鶏を例にして卵の構造をおさらいしておこう。

 まず、「黄身(卵黄)」は孵化までに必要な栄養分がすべて入っているところだ。タンパク質や脂質はもちろん、ビタミンやミネラルも過不足なく含まれている。

「胚盤」は発生が進む場所で、発生の過程で羊膜に覆われることになる。「胚」は卵黄の栄養を消費して成長してゆく。

「カラザ」は胚盤が同じ位置になるように保持するハンモックのような部分だ。「白身」は卵の乾燥を防ぐ保水タンパク質である同時に、抗菌物質も含み微生物の増殖を抑える働きもある。そして胚を物理的な衝撃から守る緩衝材の役割も果たす。

 そして、その外に「殻」がある。主成分は炭酸カルシウムで、細かな通気孔があり、水は通さないが外気は通す。細かく見ると、殻の内側に「卵殻膜(薄皮)」があり、水分の蒸発や微生物の侵入を効果的に防いでいる。

 以上のような構造をした卵の発生が進むと、卵黄は減ってゆき、胚は鳥らしくなってゆく。羊膜は発生が進んでも胚全体を包んでおり、排出物は「尿膜」という別の袋に貯められる。ともあれ、先に書いたように、この羊膜の内部で卵の大きさぎりぎりまで雛は成長し、そして誕生するのだ。

 こうした卵の特徴は、私たち人間の食材としてきわめて好都合である。まず、受精卵から雛をつくるまでの成分が完全に揃っているのだから、同じ脊椎動物のヒトにとっても栄養学的にほぼ完璧な食品ということになる。足りないのはビタミンCと食物繊維くらいである。

 そして、乾燥や感染に対する仕組みが、卵内への微生物の侵入をほぼ許さず、長期間の常温保存を可能にしている。魚卵のように冷蔵庫に保管しなければ腐ってしまうようでは、これほど安価に安定供給できる食材にはなりえないだろう。

 生物の卵を現在の鶏卵らしくさせた三畳紀の恐竜の努力が、奇しくも私たちの食生活を豊かにすることに大いに貢献したのである。

 

 

 

津田大照

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